月別アーカイブ: 12月 2020
日本のことをもっと知りたい
医者になると決めた自分
僕は世界を股にかけて働こうと
世界を視野にいれた将来を描いていました。
でも
今は世界に出るよりも
日本の、日本人のよさを知り
世界に伝えようと思いました。
そう思ったのは
大学3年の時
姉夫婦がアメリカにいた時期があり
姉夫婦がいることを理由に
夏休みを利用して
1ヶ月の単独アメリカ旅行をしました。
ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス、ダラス
ロッキー山脈、イエローストーン国立公園などなど
アメリカ全土、東から西、北から南までまわりました。
旅行の計画はひとりで
地球の歩き方というひとり旅行の本を読み
旅行計画ひとりで立案し
飛行機にのり、バスも使い
ホテルも全て予約からひとりで行いました。
当時から
学校の英語は苦手ではないけど
日常会話なんて、ほとんどできません。
もちろん、今のように
翻訳アプリなどもありません。
そんな僕でも
ひとりで
時にはBOY(少年)と間違えられたり
刺された人をみたりしましたが
計画通り
歩き回って
アメリカ旅行を堪能しました。
今も英語は話せません。
今の僕にはきっとひとりで全てやって行こうなんて
思いませんし
勇気も無いです。
若いからできた経験
親も良く行かせてくれたと感謝してます。
僕の家は
もー列サラリーマン家庭で
家族旅行も
数年に1回行くかどうかの経験敷かない僕が
まずアメリカに行く
東京すら行ったことないのに
ニューヨークやワシントンに行く
これって特別なことだと
しっかりアメリカのことを知ろうと決意し
飛び立ったのを今も憶えています。
全てみようと
どこでも
歩きました、市営バスにのり移動。
自由の女神はフェリーで渡りました。
アメリカの都市の特徴はそれぞれでした。
ワシントンは綺麗だし
ニューヨークではティファニーでお買い物
なんてしゃれこみました。
帰る頃になって
アメリカを色々みて思ったんです。
ニューヨークは知ってるけど
東京も行ってない。
ロッキー山脈の自然に触れたけど
あちこち自然公園や建造物を診た経験をさせてもらった。
けど
僕は日本人なのに
日本のこと何も知らないことに気づいたんです。
アメリカにもいいところが一杯合った
日本は狭い国土だけど
アメリカにないいいところ、素敵なところも
いっぱいあるんじゃなーだろうか?
もう外国はいいや。
僕はもっと、もっと日本のことを
知らないといけないと思って
世界に目を向ける前に
しっかり日本のことを知り
日本のために日本で生きたいと思ったんです。
それから
旅行以外に
外国に行きたいと思ったことは
少しもありません。
最近
アメリカに留学したひとりの青年の
エッセイを目にしました。
そこには、こう書かれていました。
「外国の人はお国自慢が得意です。
自分の国に誇りを持っています。
そして彼らは自国の歴史や文化にも誇りを持っています。
わたしは、高校を卒業していままで
日本で誇れるものを
何一つ学んだことはありません。
自分の国を語れませんでした。
外国の方に対して
私は日本人であることを語れず
なんとなく世界平和を願っているなど
半端な会話で過ごしてました。
今思えばなんと恥ずかしいことだと思ったと
そして、彼は日本に目覚め始めたと」
書かれてました。
まさに
僕がアメリカ旅行から帰国したときの
気持ちも同じでした。
それからは
外国に住もうなんて思いません。
留学しようという気持ちもありません。
日本を知り
日本に生まれたことを誇りにできるように
生きていこうと決意しました。
実際
今当時のアメリカ旅行を振り返り
日本人であることに目覚めるために
アメリカ旅行に行ったような気がするのです
もしもピアノが弾けたなら
11/28のブログで
ばんばひろふみさんが歌っていた
SACHIKOという歌が
急に浮かんできたことを
書きました。
このSACHIKOという歌の他に
僕の好きな歌で
西田敏行さんが歌って大ヒットした
「もしもピアノがひけたなら」と
いう歌があります。
この曲がヒットした当時から
カラオケなどでも良く歌い
感情移入も良くできて
しっとり聴かせられ、歌うことができる
僕の十八番の歌でもありました。
この曲のやさしいメロディは好きだけど
なぜか
歌詞にひかれてました。
この歌は、こんな歌詞で始まって
♪もしもピアノが弾けたなら
思いの全てを歌にして
君に伝えるだろう
・・・・・・
だけど
僕にはピアノがない
君に聴かせる
腕もない
心はいつでも半開き
伝える言葉が残される
・・・・・
と歌われます。
好きな歌だけど
どうしてこの歌詞に共感するのか
全く理由がわかりませんでした。
実は僕は
5歳からピアノを習っていて
ピアノを弾くことは
自分にとってもお得意分野だったので
ピアノが弾けたなら・・・・なんて
そんな気持ちにはなれないけど
それなのに
なぜ、この歌詞に、この曲に惹かれるのか
ちょっと不思議でした。
でも
今回病気をして
好きな理由がわかった気がします。
病気をして
ピアノが昔のようにはひけません。
左手が思うように動きません
力もないので
鍵盤をしっかり抑えないと
音が出ないのです。
現実として
昔弾いていた
大好きだった曲
得意だった曲
ショパンもベートーベンもシベリウスの曲も
弾くことはできません。
今までは
ピアノを弾くことで
自分の感情を音で表現することが
できました。
でも、今は
この歌詞のようにできません。
できないけど
もっと自由に
今まで以上に感じることも多くあり
今もこうして
その感情を、想いを
表現できるようになったのです。
自分の思いを音にできないのは
残念だけど
絶望的には成らないんです。
もっと色々伝えることができるようになった
からなんでしょうか?
今日この時がくるのが
わかってたから
この曲が好きだったんだと思います。
みんなの願い
星新一さんの
「ショートショート」を引き継いで
星新一さんが全国から寄せられた
膨大な作品の中から編んだ
「ショートショート みんなの広場」の中から
八塚顔高さんの「みんなの願い」という作品を
今日は紹介します。
神様の使いが
地球にやって来て
みんなに呼びかけました。
「地球は誕生から
宇宙時間の一周期に達したので
これをお祝いして
神様がみんなのひとつの願いごとを
叶えることになりました。
1週間後に、神様に向かって
自分の願い事を一つだけ念じてください。
その中から一番多かった願い事を
一つ神様が
叶えることになってます。
みんなそれぞれ懸命に考え
1週間後のその日
それぞれの願い事を心に念じました。
神様の使いが再びやってきて
その結果を発表しました。
神様が叶える願い事は
人間以外のほとんどの生物の願いである。
『人間を地球上から
消滅させて下さい』というものに
決定しました。
皆様、次の1周期を目指して
地球を大切にして下さい。
それでは、ごきげんよう。
人間達が
最後に聴いたのは
動物たちの歓喜にも似た喜びの声でした。
これを読んでどう思われましたか?
人間は
いかにも地球上の支配者であるかのように
我が物顔で
動物たちを殺し
地球という環境を破壊し
まだまだ自分達の利益追求に
走っていませんか?
こんな時に
コロナウイルスが登場しても
まだいのちと経済を両天秤にかけ
周りの状況
これまでしてきたことを顧みようともしない人間。
ひょっとして
コロナウイルスは他の生物には広がっていません。
このショートショートのように
動物たちの願いによって
登場したウイルスかもしれません。
ちなみに
人間はたったひとつ叶えてくれる願いに
皆が迷い、一致することもなく
バラバラだったのです。
まさに
我々は、自分のことだけでなく
周りの人が
こどもが孫のこと
そしてこの地球全体の生物のこと
更には
宇宙全体のことも
考えて行動しないといけない
時期になっているのではないでしょうか
明るいこころが病に悩まない日々を生む
人間は全力で生きていくよりも
半分だけ力尽くせばいい。
あとの半分は
自然のめぐみに任せればいい。
弓の矢もそう。
人間はぐっと弓を後ろにひけばいい。
これ以上ひけなくなったら
指を放ち
跡は矢の行く先をみているだけでいい。
毎日の生き方もそう。
できることに力を注ぎ、魂を込め
あとの結果は、元に任せればいい。
日々やるべきことを、やる
なすべきことをなす。
やるべきことをやり抜く生き方こそ
恵ある生き方なんだと思う。
やることはやらずに
人に求めたり
神に頼むのもちがうとおもう。
求める生き方は、やめるべきだと思う。
やるべきことに集中するこことが大事。
朝目が覚めたら
一生懸命働き、汗を流し
やることやったあとの結果は
じっと見つめるだけである。
このように生きる生き方を積み重ねることが
安心の心を生む。
病気の時であっても
生き方は同じ。
やるべきこと、できることをやりきることが
安心のこころを生む
そして
安心の心を生む生き方が
明るい心へとつながり
病気と縁の無い世界へと導いてくれる。
病気と縁のない
明るい心を育てるために
本を読み、色んな方の考えに触れて
自分を見つめ直すことも大事。
そして
成りたい自分に向かって
全集中して生き、働く。
そんな日々を毎日積み重ねれば
病気と縁の無い
明るいこころでいられる。