年別アーカイブ: 2021

仕事ができるためのリハビリ

  退院するための目標は
  病気をする前の状態
  日常生活に戻るということです。

  そのために
  起きる、歩くにはじまり
  着替える、食べる、排泄をする
  お風呂に入るなど
  日常生活を自力で過ごすことを目指します。

  ただ
  そのことができただけでは
  人間として
  満足に生きていける訳ではありません。

  生きていくためには
  仕事もしたり
  自分の趣味をもって
  生きていく糧を得ないといけません。

  ですから
  リハビリ中は 
  常に退院後の生活を頭に置いて
  計画をたてて行います。

  実際は
  細かい計画を練って下さったのは
  作業療法士の先生方です。

  いつも
  診療内容について聞かれます。
  パソコンを打ったり
  注射をしたり
  健診などの診察方法など
  できるように
  指導して下さるのです

  あるときは
  抱っこができる
  赤ちゃんのお人形をもって来て下さって
  実際の患者さんの思って
  診察してみて下さい。
  と言われシュミレーションして下さいました。

  今の機能で診療はできるのですが
  人形と違うのは
  動くし、重さも違うので
  お人形におもりを一杯担がせたり
  あるときは
  リハビリ師の先生に寝てもらって
  実際に引き起こし検査などもしました。

  こんなリハビリをしてる患者さんは
  これまでいなかったのでしょう
  何をやってるのかと
  注目の的でした。

  でも
  お人形準備して下さったり
  様々な準備をして下さっておかげで
  退院してから、現在まで
  やるべきことはできているので
  リハビリの先生方には感謝です。

  自分の残された機能を伸ばして
  できることを更にできるようにしていく。
  リハビリは、小児科医の僕にとって
  それはまるで
  今までずっと寝ていた赤ちゃんが
  首が座り、お座りができて
  立って、歩き出す・・・などという
  発達の段階を
  かみしめながら成長を確認する
  勉強の時間でもありました。

  こどものように
  スムーズに発達を獲得することはできませんが
  こどもたちは
  物は言いませんが
  こんな気持ちでこの時期を過ごしていたんだと
  こども目線で考えることができました。

  この時の経験が
  今の小児科医として
  病気をする前と比べて
  こどもたちの、患者さんの気持ちに
  寄り添えることができたからだと思います。

  これも
  入院中僕をご指導いただいた
  先生、看護師さん、リハビリ師さん他
  スタッフさんのおかげです。

  一年経った今でも
  変わらず感謝しております

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1丁目1番地1号

  サンタキッズ&ファミリークリニックを開院して
  今年で丸10年になりますが
  ここに病院ができたのには
  色んな思いがありますが
  それを象徴的に示すのは
  ここの住所でした。

  元々あった土地に
  サンタを立て替えたのですから
  ここの土地を選べたご縁を強く感じます。

  ここで開院しようと思ったのは
  自分だけど
  新田1丁目1番1号という住所を
  選んだわけではありません。

  建物ができあがる直前に
  住所案内を作ろうと
  ここの住所を知らないことに気づき
  市役所にいきました。

  市役所で
 「どこどこで今度病院を建てるので
  住所を教えて下さい」
  と尋ねると
  窓口の人は・・・
 「建物の壁はできあがりましたか?
  それなら、これから決めることになります」と
  少し奥に行かれると
  奥から、上司と思われる方が出てこられて
 「元○○だったところですよね。
  そこは新田1-1-1で
  通常は建物が建ってから番地をつけるのですが
  あそこは
  次回病院が建つことがわかってたので
  1丁目1番1号をとっていたので
  1丁目1番1号を引き継ぐことになります」と
  言われた。

  1丁目1番1号
  偶然にしてもすごい住所。
  新参者なのに
  こんな住所いただけて・・・
  とてもうれしく思ったと瞬間
  頭の中に
  ひとつのイメージが頭に浮かんだ
  
  建物に次々
  表情の暗い、うつむき加減で人が入っていき
  建物から出るときは
  うって変わって
  ニコニコ、キラキラした人たちが
  出て行くのです。
  その笑顔のまま家に帰り
  その家ではその笑顔が広がり
  その後次々灯りがともるように
  明るい家が広がっていくのです。

  そう
  僕が願う
  ここからしあわせな笑顔が広がるんだと
  いうことを確信しました。

  今でも
  ここからしあわせが広がることを
  願って日々過ごしています
  
  新田1丁目1番1号という住所は
  僕には
  神殿1丁目1番1号とも思えるのです
  今ここにいることは
  偶然なことでしょうか?

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みんなの中にいる神様

  入院していたとき
  感じた、わかったことのひとつに
  自分のからだの中には
  自分をいつも守ってくれている力があること。

  それまで
  どんな生活をしていても
  例え、道徳にひどいことを
  していたとしても
  いつもどんな時も
  自分を守り抜いてくれる力が
  あることをかんじました。

  それは
  入院中は、
  からだに備わっている自然治癒力だと
  思って今も自分の中にある
  自然治癒力はあると確信するに至っていますが
  退院後一年経ち
  その思いは変わっていませんが
  自然治癒力だけでなく
  きっと自分の人生全てを見守ってくれている力が
  あることを今は疑っていません。

  その力は
  神様の力だと言っても言い過ぎではないと
  思います。

  自分のからだの中には
  いつもどんな時でも、どこにいても
  自分を見守ってくれている力があると
  確信しています。
  その力って・・・・
  表す言葉はすぐには浮かばないけど
  ひょっとして
  この力が神様のご加護というのかとも
  思うのです。

  神様が
  いつも守ってくれているのだから
  自分を信じて、生きていくことは
  神様にお任せして毎日過ごせいいんだ。
  神様のご加護の元
  生きていけばいいと思えば
  どんなに毎日生きていくのが楽になることでしょう。

  
  それから僕は
  神様の力、ご加護を感じたときには
  手を合わせて感謝するようにしました。
  その時、お祈りについて気づいたことがリます。
  それまで
  神社にお参りにいくのは
  初詣、誕生日、厄年、受験など
  神様の御利益を期待して、願い
  お参りに言ってたんですよね。

  でも
  御利益をお祈りするのではなく
  今こうして生きられることに感謝の気持ちを
  神様に伝えないといけない
  これが神様の喜ばれるお参りだと
  気づいたんですね。

  自分の中にいらっしゃる神様に
  感謝することは忘れてはいけないことに
  気づいたと同時に
  神様は
  自分以外の人の中にもいらっしゃってるんですよね。
  もちろん、木にも石にも、動物にも花にも、物にも
  全ての中に神様がいらっしゃるんですよね。

  日本では
  八百万の神と呼んで
  全ての物に感謝の気持ちを伝えいるんですよね。

  全ての物、人の中にいらっしゃる
  全ての神様に感謝して  
  神様にお任せして
  毎日一生懸命大切に生きていけば
  必ず神様からのご加護があるんでしょうね。

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僕にとっての入院の意味は

  一年前の3月29日は、
  約3ヶ月から退院した日です。

  当時もそうですが
  今でも自分にとって入院って何だったのか?
  と考えることがあります。

  これまでの生活、生き方を改めるため
  それもある気がします。
  休養の意味もあったとも思いますが。

  退院してから
  考え方、しないといけないこと(使命感)など
  大きく変わった気がします。

  僕の医療に大きな影響を与えてくれた3ヶ月
  今この一年を振り返ると
  留学して勉強していた期間だった気がするのです。

  僕は医療を志したときから
  研究者をしても生きていきたい
  そのために留学したいと
  ずっと思ってましたが
  どういうわけか
  その願いは現在まで叶っていません。

  これまでの歩みに後悔は全くありませんが
  なぜか大学院に行く機会はなかったし
  医療を深く研究する機会もなく
  ずっと臨床畑一筋に歩いてきました。

  不思議なことに
  専門医になったときに
  みんな自分の専門分野を決めて
  専門グループに属して専門医の知識を深めるのですが
  その時も
  不思議と医局の指示に束縛されることもなく
  歩いてきました。

  少し
  先輩、後輩の先生と違う道をあるかされてるなぁ
  と思わずにいられないこともあります。

  でも僕の今の状況を考えると
  専門という領域に縛られない
  現在の医療でさえ何ものにも縛られず
  自分の意志だけで
  開業もしたし、それまで使っていなかった
  漢方薬を医療に取り入れたり
  その後西洋医学とは全く異なる
  波動医学を取り入れる医療を行えてるんだと思います。

  医学界で
  僕はしがらみに巻き込まれなかった。
  ある意味
  神様が敷いてくれた医療の道を
  僕は歩かさせてもらっていることに
  退院した日を振り返ると思わせてくれます。

  僕が
  今、魂の医療、真実の医療を
  勧めるために、様々なことを経験し
  勉強するための期間だったと思います。

  退院した日は
  僕にとって必要な留学から帰国した日。
  だから今、こうして
  入院の意味、感じた意義を
  胸を張ってみなさんにお伝えできるのです。
  
  目に見えるものとしての学位、権威なんて
  持っていないけど、
  もっと、医者として、人として大事なものを
  神様から準備していただき
  学ばさせてもらった気がする。

  僕が一番したかった、
  必要だった勉強をさせてもらい、
  そして一年前の最高の学位をもらいました。
  神様、ありがとうございます。

  一年前の退院の日は
  僕のこれまでの医療からの卒業、旅立ちの日
  だったのです。

  これからも医道を精進します。

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真理は神の心

  科学者は、この世の真理・法則を
  見つけようと努力する
  発明家は。この世の真理・法則を
  実生活に役立てようと努力している。

  科学者と発明家の努力の結果
  今日の社会が作られた。

  しかし
  真理を作った学者はひとりもいない
  宇宙ができた
  何億年も昔から存在する真理の法則が
  宇宙を支えている。

  真理そのものが
  この宇宙であるといっても
  いいすぎではない。
  この法則に従って、守られて
  僕たちはずっといのちの絆を
  紡いできた。
  この宇宙の真理に背いて
  生きてきたものはいない。
  宇宙に存在する真理に背く物は
  滅びるというのも
  人類の歴史が証明している。

  ですから
  宇宙に存在する真理を
  見つけ、納得し、悟り、守ることで
  大自然と共に生きて
  自然の恵みを受け取ることができる。

  真理とは
  神の心そのもの。

  だから
  この宇宙の法則を守ることが
  法則を見つけた物の使命。
  つまり人間の使命でもある。

  だから
  自然を破壊することを
  我々は許されてはない
  自然と共にこの地球でいきること  
  地球との共生することこそ
  この世の創造主、神様から
  人間に与えられた使命だと思う。

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人事を尽くして天命を待つ

  桜が開花の時期になりました。
  桜が咲き始める頃になると
  出会いと別れがあるなど
  我々の生活環境が大きく変わることを経験します。

  特にこどもたちにとっても
  卒業、入学など
  新たな一歩を踏み出す時期になります。
  そして
  この時期新聞を開くと
  ○○中学校、何名合格
  △△高校、何名合格
  □□大学、何名合格 など
  いわゆる俗に言う学校に入った(入れた)ことを
  謳う広告をみて
  ふと、思ったのです。

  ここに名前が上がっていない
  学校に合格した人もいるだろうし 
  がんばったけど
  落ちてしまった人もいるだろう。

  実際にあった人はいないけど
  その喜びを謳う広告をみて
  様々な表情の顔が浮かんでは消え
  ・・・・
  しばらくして
  これは「人事を尽くして天命を待つ」という
  言葉の真意に触れた気がして
  そのことを
  ブログに書こうと思います。

  今生きている世界には
  因果の法則があり
  自分がある結果を求めて
  一生懸命取り組まないと
  結果はでないと言う法則があるので
  人は、頑張り
  いい結果が出るように願ったりします。

  それなら
  一生懸命やったのに
  結果が出ないのは、失敗なのでしょうか?

  僕は一生懸命やった先にある結果は
  成功であれ、失敗であれ
  きちんと受け入れる
  受け止めることが大事なんだと思います。

  人は
  魂が成長するためにこの世に生まれてきて
  そのために、なにを経験すべきかを
  決めてこの世に生まれてきたと言います。

  ですから
  どんな結果が出るかは
  生まれる前から決まってたのかもしれませんし
  その結果を踏まえて
  どう過ごすかが
  魂の成長につながるのだと思います。

  少しスピリチュアルな言い方をすると
  自分の行った行動から出た結果が
  どんな結果であっても
  それは神様が自分のために必要な結果なんだと
  言うことに気づくと
  どんな結果も受け入れて前に進むことができますよね。

  自分のやった結果にこどわらず
  目標にむかって
  心や体全体でありったけの
  知恵と勇気、力を振り絞って
  自分が願う、思う世界を描き
  努力して最善を尽くす。
  その後
  描いたとおりの結果が
  例え手に入らなかったとしても
  それは、神様いえ、自分の決めた道なのだと
  受け入れましょう。
  結果に囚われ、心奪われないことが大事なんです。

  と言うことを
  「人事を尽くして天命を待つ」の
  真意だと思うのです。

  受験生のみなさん
  ほんとうにお疲れました。
  みなさんが頑張ったことは
  ご自身が、そして神様は
  ちゃんとわかってくれています。

  だから
  望む、望まない結果に関わらず
  胸を張って、笑顔で歩いて言って下さいね。

  追記
  昨日柔道家古賀稔彦さんの急逝のニュース。
  突然すぎてびっくりでしたが
  バルセロナ五輪での雄姿を思い出し
  まさにこれこそ
  人事を尽くして天命を待つ
  の姿と思いました。
  ご冥福をお祈りいたします。

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専門家の力を結集して

  先日
  足が壊死を起こしていて
  この半年病院を受診し
  血流をよくする
  薬を飲むものの
  全く良くならない
  夜痛みがあって眠れないので
  毎晩毎晩、ご家族の方が
  足をさすリ続けて
  やっと少し眠れるような状態。

  なんとか
  症状をとってあげたいということで
  メタトロンを受けに来られたのが
  2週間前のこと。

  その時、足を診て
  確かに末梢の循環不全が原因と思われ
  リンパの循環も悪いので
  パンパンに腫れ、
  足底まで紫のチアノーゼがあり
  足の傷も治らずそのままの状態。

  足は壊死を起こしている
  まさに足が瀕死の状態であることは
  誰の目にも明らかな状態。
  少し触れただけでも
  顔をしかめるおばあちゃん。

  その表情から
  おばあちゃんの言葉にならない
  苦悩、苦しみがが伝わってくる。

  治してあげたい・・・・

  早速メタトロンを開始。
  循環が悪いと予想したとおり
  下肢の循環はエネルギー低下している。
  オステオパシーでも
  下半身をゆるめ
  循環とリンパの流れが改善するように
  調整し
  その後の生活で緊張した部位を緩める
  方法を伝え
  1回目の治療終了。

  2週間たち
  2回目の治療のため来院された。
  会ったとたん
  よいことが起こっているのが
  おばあちゃんの顔色、表情からうかがわれる。

  痛みもほとんどなく
  夜も眠れるようになったと
  笑顔で話してくれたおばあちゃん。

  足を診てびっくり
  紫でパンパンに腫れた
  壊死をおこしていた足が生き返ったように
  腫れもなく、ピンク色になっている。

  生き返っている。
  おばあちゃんの笑顔の理由が
  よくわかった。

  早速メタトロンをすると
  からだ全体のエネルギーが上昇している
  下肢のエネルギーも
  ほぼ正常の状態まで回復している。

  おばあちゃんのからだ全体のエネルギーが
  高まっている
  いわゆるからだ全体が
  若返っている状態になっている。

  メタトロンでエネルギーを上げる治療が
  奏功したのを診て、もちろんうれしかったが
  僕が治したわけではない

  治したのは
  おばあちゃんの治癒力。
  おばあちゃんのからだの中にある生命力が
  からだを目覚めさせたのだ。
  僕は、自然治癒力が目覚めるように
  背中を押してあげただけ。

  実際
  おばあちゃんは、
  西洋医療をうけていたし
  メタトロン施行した後
  整体師にも診てもらっていた。

  それぞれの専門家は
  できることは違ったが
  やはり血流の低下が原因だと判断し
  末梢の循環の流れを改善することを
  西洋医学では薬を使い
  整体師は、マッサージ法を伝え
  自分はエネルギー療法と
  それぞれの専門知識を動員し
  治療に取り組んだ。

  おばあちゃんが良くなったのは
  そのどれがよかった、悪かったと言うわけではなく
  どれもが効果があったのだと思う。

  現代は様々な治療がある。
  それぞれに特徴があり
  いいも悪いもある。
  それぞれの医療に対して
  甲乙をつけるのは
  人間的な視線で判断しがちなので
  要注意である。

  大切なのは
  その人を治そうという気持ちと
  どこに何が起こってるかを見極める
  医学的な確かな目がどんなに大切かを
  教わった。

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浦島太郎の意味とは

  日本人なら
  誰でも知っているおとぎ話として
  浦島太郎があります。

  ただお話として読んでも
  楽しめるけど
  浦島太郎に関連した伝説が
  日本のあちこちにあったり
  何か深い意味があるのでは
  深読みもできる
  奥の深いお話に思えるのです。

  僕なりに
  この浦島太郎を読み解いてみると。

  浦島太郎は
  この世に、この世界に生まれた意味を
  抽象的に示している気がするのです。

  つまり
  浦島太郎が訪れた竜宮城は子宮
  海は羊水。
  亀に竜宮城に連れて行かれた浦島太郎は
  子宮に連れて行かれたのです。
  つまり
  男女の交尾、つまり太郎は精子なのです。

  竜宮城で
  一定期間四季を竜宮城で
  過ごした太郎は10月10日たって
  家に帰りたいと言って
  家に戻ります。つまり出産を迎えるのです。

  そして
  竜宮城を出るとき
  乙姫様から玉手箱をもらいます。
  物語の中でも
  特に意味深な玉手箱の意味は・・・
  僕は次のように意味が
  積まれているような気がするのです。

  玉手箱の中には
  生まれる前、生まれるまでの記憶が
  詰め込まれ
  そして、この世に学ぶべきこと
  学ぼうとして書き留めた覚え書きのような物が
  入っているのかと思います。

  人間は
  不死不滅の魂としていますが
  この世には
  新たな経験、魂磨く、己自身の成長するため
  限られた肉体を手にして
  これまでの経験を封印して
  生まれてきていると思います。

  人間は
  この世では限られた
  肉体をもって生まれてくるので
  いつか必ず肉体は滅び
  真実の姿、己自身に変えるために必要な物が
  玉手箱に収めて生まれてきているのでは
  ないでしょうか?

  肉体は滅ぶ、限られたいのちのなか
  自分生まれてきた意味があること
  有限ないのちの中にある誘惑におぼれるなと
  言う意味が
  この玉手箱自身をもつ意味ではないかと
  僕は思うのです。

  太郎は
  玉手箱ををついに明けてしまいます。
  1段目の箱をあけると
  あっという間に年をとってしまいました。
  つまり
  この世での目的を知り
  この世で生きていく時間が残り少ないことを
  教えてくれるのでしょう。
  そして
  2段目を開けると
  鶴となって飛び立ってしまいました。

  鶴になった浦島太郎は
  どこに飛び立ったかは描かれていません。
  鶴は渡り鳥です。
  つまり、自分の生まれたふるさとへと
  帰って言ったのではないでしょうか?

  異国の地で
  肉体を得て、様々な経験をし
  学ぶことを学び
  目的であった魂の成長を果たして
  ふるさとへと戻っていった。

  これが
  浦島太郎の伝えてることではないかと
  僕は思えて仕方ないのです。

  人間の真実の姿は
  魂ってことを現代人に伝えてるお話なんでしょうね。

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その人にあった伝え方で

  受験シーズンは終わりましたが
  試験の時
  ある瞬間に閃いて
  予想以上に点が取れて
  合格したという
  ということを経験した人はいるかもしれません。

  試験に限らず
  人生の中でも
  突然頭の中に閃いて
  アイデアが生まれて
  大きく飛躍したり
  難を逃れたことがあるなどという人は
  意外に多いかもしれません。

  僕も
  朝目が覚めたときや
  朝神社にお参りをしたときに
  ふとこうしたらいい、こうしようと
  閃いたり、思いつくことがあります。

  思いついた考えって
  自分の頭の中で考えついたことだと
  思っていましたが
  よく、思い出してみると
  なんだか人の声が聞こえてるような感覚に
  なることもある気がします。

  もしかしたら
  これって神様?からのメッセージなんて
  思ったりすることもあります。

  ある方が
  実は神様は、その人にメッセージを常に送っている。
  そのメッセージに気づくかどうかは
  その人次第なんだと。

  気のせいと思うか
  ただ閃いたと思うか
  それを、メッセージと思うかどうかと
  いうことを言ってるのだと思います。

  また不思議な能力のある人は
  目に映像として浮かんでくる人もいるとも
  いいます。

  僕には
  全く映像として閃くことはありません。
  自分のこれまでの生き方って
  視覚よりも、聴覚に強く影響されやすい。
  つまり
  美術より音楽のが得意だったし
  病気になってからも
  自分で演奏するよりも
  音楽を聴く、音楽にあふれた時間が
  とても心地よいと感じるようになりました。

  僕はきっと
  ビジュアルよりも
  聴覚の影響を受けやすいからなんでしょう
  だから
  自分の声として、閃くことが多いように思うのです。

  僕のひらめきを、分析すると
  リラックスしている状態から
  音楽を聴いてリラックスしたときに
  閃くかもしれません。
  ひらめきの理屈を考えたとき
  真偽のほどはわかりませんが
  ひらめきを
  神様から受け取ったとメッセージ思った方が
  なんか神秘的で、わくわくしませんか?

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元総理が語った長寿のコツ

  安倍晋三元総理の兄が
  安倍家の家族についてかかれた
  「安倍家の素顔」という本を読んだ。

  この本は
  作家自身の取材を元に書かれた本ではなく
  安倍晋三氏の兄である安倍寛信氏が
  ご自身の思い出として
  書かれているので
  政治家一家の表の顔、裏の顔が
  政治家としての一面、家庭人としての一面など
  赤裸々に描かれており
  とても興味深い内容だった。

  この本を読んで
  色々感じることもあったが
  このブログで、みなさんに知っていただきたいことは
  90歳の天寿を全うされた
  晋三氏の母方祖父であられ
  昭和の大政治家であった岸信介氏が語った
  長寿のコツについてです。

  氏いわく、長寿のコツは2つあると
  まず一つは不義理をすること。
  不義理と言っても、岸氏も総理まで務められた
  大政治家であり、不義理を尽くさずして
  生きてきたわけではなく
  昭和の大政治家であり一般人以上に義理人情を
  尽くしてこられた方だからこその不義理と言う言葉。

  きっと、義理人情に縛られることは
  寿命をする減らすことになる。
  だから、ある程度の年齢になり
  人生の集大成の年齢になれば
  義理立ても好きなだけにして
  ちょっとぐらい不義理なぐらいで
  生きていく方が、長生きできると言われている。

  僕も先日のブログで
  しがらみの話を書いたが
  しがらみの整理も必要なのかもしれないです。

  2つめは、規則正しい生活だと。
  
  岸氏は戦後すぐ戦犯の疑いがかけられ
  3年間ほど過ごした巣鴨プリズンでの
  生活を振り返られ
  プリズンでは、朝5時半に起き、夜9時には就寝。
  1日1時間は運動、部屋の掃除などさせられ
  食事は腹八部目、間食は一切なしという
  規則正しい生活を3年間され
  これの時の習慣が、それまでの不規則の生活を
  改善してくれた。
  その生活があったから長生きできた
  まさに人間塞翁が馬と語られています。

  この経験を踏まえて
  50歳になったら1回刑務所暮らしをするのがいいと
  笑って語っていたとか。

  思えば、自分も
  50歳過ぎて3ヶ月過ぎの入院生活を経験して
  生活が一変しました。
  全てのことをこなすのが難しくなり
  不義理なことを申し出ることも増えました。
  生活も、入院後今でも
  朝5時に起き、夜9時には寝床に入り
  朝、氏神様へのあいさつをかねて神社まで
  1時間ほどウォーキング。
  食事もほどほど、入院時の体重を維持してます。

  この生活をつづければ
  僕も長生きできるかが証明できるかと
  思いますが。
  もうひとつ、長生きするかどうかは
  本人のもってる寿命がありますから・・・
  実際長生きできるかどうかは
  死ぬときにしかわかりませんが。

  僕が、今言えることは
  病気の後、心身ともに生きやすくなっていること。
  ですから
  みなさんにも
  安倍元総理のおじいさんの岸氏の長生きのコツを
  是非、実践されてみてはいかがですか?

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