日別アーカイブ: 2024年11月19日
こどものお医者さん
以前、小児科学会で
北原白秋の”子どものお医者さん”
という詩を教えてもらった
「子どものお医者さん」
わたしは子どものお医者です。
わたしの病院、乳母ぐるま、
蜜柑の木のかげ、花畑、
すずしいお池や、ゐなか道、
どこへも巡回いたします。
わたしはお医者の博士です。
泣いてる子どもも療します。
こはれた人形や、きりぎりす、
碧いとんぼのトラホーム、
外科も内科も上手です。
わたしは親切なお医者です。
妹の薬局、バスケツト。
たたいた葉つぱや、薔薇の汁、
おいしいパンくづ、粉ぐすり、
ガーゼも万創膏も持つてます。
わたしは子どものお医者です。
わたしは御礼を受けません。
病気したポチ、弱い鳩、
いぢめられたり、怪我したり、
かはいそな誰でもたすけます。
さあさあ、皆さん、いらつしやい。
どうぞどうぞ、こちらへいらつしやい。
(北原 白秋)
こども達が描いてる
こんな医者になりたくて、医者になった
北原白秋が
僕の気持ちを代弁してくれている。
まだまだ、
至らないことも多く、
日々反省することばかりだけど
もっともっとこんなお医者さんに
なれるように精進しよう
いつまでも
どこまでも
白衣着て、聴診器を携え
みんなと笑顔で手を取り合って
レンゲ、しろつめ草の花咲く
ゐなか道をずっと歩き続けたい
・・・・・と思う
元々人の住んでた世界は
映画「地球交響曲」の監督
龍村仁さんが、次のように話しています。
「かつて人が
花や樹や鳥たちと本当に
話ができた時代がありました。
その頃
人は自分たちのいのちが
宇宙の大きないのちの一部であることを
誰もが知っていました。
太陽を敬い、月を崇め
風を問ね、火に祈り、水に癒やされ
土とともに笑うことが
本当に生き生きとできたのです。
ところが
最近の科学技術のめまぐるしい
進歩と共に
人はいつのまにか、
自分は地球の主人で有り
自然は自分たちのために利用するものと
考えるようになってきました。
その頃から人は
花や樹や鳥たちと話す言葉を
休息に忘れ始めたのです。
人はこのまま
自然と語り合う言葉を永遠に
忘れてしまうのでしょうか。
それとも
科学の進歩と調和しながら、もう一度
その言葉を思い出すことが
できるのでしょうか」と
語っています。
この監督の言葉が
正しいのかどうかは、わかりません。
ただ、少なくとも
現代に生きる人間が
他の生物、地球までも
思い通りに使おうとしている気がして
その点はしっかり反省しない。
聖書に書いてあるような
バベルの塔の悲劇の二の舞に
なるかもしれません。
真実かどうかわからないけれど
監督の言葉はこころに刺さるし
それがユートピアかもしれないとも
思えるのです。
まずはいまのおごった気持ちを
反省することが
しあわせ世界の一歩かもしれません。