投稿者「santa」のアーカイブ
人間の器を高めるために
こどもの頃から
お年寄りは自分とは違って
威厳のある立派な存在だと思って
見ていました。
そして、見た目も
お年寄りと言えば
伊藤博文のように
立派な風貌をしているものだと
イメージしていました。
いざ、自分が周りから
年を重ねた世代になってきても
ちっともこどもの時に描いた
年寄りではありません。
でも、僕にとっての
なりたい年寄りのイメージは変わりません。
そして
もっとはっきりなりたい姿を表現
できるようになりました。
それは
器の大きな人間だということです。
人間には、持って生まれた器の大きさが
あると思います。
そしてその器は知恵を身につけ、経験を積むことで
大きくなっていくものです。
良き経験、知恵を積み重ねるために
必要なことは、自己肯定感です。
自己肯定感が高いほど
器は安定し大きくなっていくのです。
自己肯定感をいかに高くするか
自信をいかにつけるか。
このことが仕事や人生そのものの質を
大きく左右する鍵を握っているのです。
そして自己肯定感を磨くのは
自分の力だけでなく
周りの人からの影響も受けます。
周りの人から、褒められたり
周りの人の役に立ったり
周りの人によって培われていくのです。
周りの人のいいことを見つけ
そのいいところを
その人に伝え、褒めてあげること
で褒められた人の自己肯定感が上がってきます。
そして褒められた人は
自分の気づかなかった力を見つけてくれた人の
度量の大きさに感謝することでしょう。
そのことで
褒めた側の器も大きくなっていくのです。
ベストを尽くすだけでいい
いつも、どんな時も
何事にもベストを尽くそう。
と思ってきた。
ベストを尽くすことで
いい結果を生み出すことができる。
ベストを尽くさないと
いい結果を出すことがでない。
だから、いつも
結果をだすために
結果がでなくても
後悔しないために頑張ってきたし
そう教えられてきた。
若い時には
結果にこだわってきた
しかし
年を重ねてくると
ベストを尽くしても
結果にこだわらなくなってきた気がする。
今持っている力を
全て出し切ることが大事に感じる。
結果にこだわってしまうと
結果を気にする余り
無心で力を出し切れなくなっていくことが
ふえてきた。
だから
ベストを尽くしていれば
それがどんな結果になろうとも
その結果を真摯に受け止めればいい。
例えいい結果が生まれなくても
その時のベストを尽くしていれば
グズグズと反省などしなくてもいい。
後悔している時間など
もったいない。
結果にこだわらず
今できるベストを尽くすことが大事
人生には旬がある
子育てをしている時
忘れてはいけないのは
人生には旬があるということ
生まれて死ぬまでの間
生まれてからすぐは
生きていくための
循環、呼吸、神経、内分泌など
生物として
大袈裟に言えば
地球上に生きていく
力を付けていかなければなりません。
その後
少年期には
人として生きていくための
社会性、道徳性などを身につけ
今後生きていく術を身につけていきます。
そして、青年期は
少年期に身につけたものを
更に伸ばすために
様々な経験し
自らの力を伸ばし
その力を使いつつ
自ら生きていく場を整えていきます。
社会の場で生きていく内に
生きがい、生きる意味など
精神的成長を続けていくのです。
そして
成長していく内に
老年期に入ると
今までの人生で身につけたことを
次世代に伝えることも
大きな役目になってきます。
そして
死が訪れた時に
自分の人生で学んだことを
伝えきって終えるのでしょう。
このように
その時、その時代で
やるべきこと、旬があることを知って
生きていくべきだし
これは子育てをしている時も
頭に置いておかねばならないてっんだと思います。
人生には旬があると言うことを。
得るは捨つるにあり~お金の不思議な法則~
この言葉は
何か始めようと思ったら
何かを終えなければならないということ。
例えば
人にやさしくしてもらいたいなら
まずは自分からやさしくすること。
愛されたいと思うなら
愛することから始めること。
望むことがあるならば
まずは自分から行動を起こすこと。
生きていくためにお金は必要です。
そしてお金を手にすると
もっと欲しくなったり
どれだけあっても満足しないのがお金。
お金はなくても困るし
持ちすぎても悩まされます。
生きている限り
お金に悩まされることは
誰にも多少なりともあることでしょう。
お金を稼ごうと思うなら
まずは金払いがよくならないといけません。
商売をするなら
どんなに金回りに困っていても
支払いは喜んですること。
お金は先に出さないと
決して入ってこない
不思議なお金の法則があるのです。
今を生きる
今卒業シーズン。
卒業といえば
自分の卒業だけでなく
家族の思い出もいっぱい。
以前娘の卒業の時に書いた詩を
思い出として再掲載させてください。
☆ 今日はこどもの卒業式。
最後のランドセルを背負って
学校に行く姿
しっかり、目に焼き付けておこうと
見送りました。
今をこの瞬間を
キラキラ輝いてる今は
未来に必ず続いている
だから
今を精一杯生きてもらいたい
と思ってます。
こどもの
成長がまぶしい朝でした
”今を生きる”
僕たちの命って
”今”なんだと思う
苦しくても
楽しくても
つらくても
それが自分に与えられている
”今”なんです
”今”を一生懸命
生きないければと
思うんです。
だから
何があっても
どんな状況であっても
生かされていることに
感謝しながら生きる
大切なのは
この”今”が
未来につながっていくこと
老いるといいことはない?
診療に訪れるお年寄りは
最初は全員というくらい
ため息交じりに、暗い表情されて
診察室に入ってこられます。
病気だから
病気の時に明るく過ごせと言っても
なかなかそんな気分になれないのは
わかります。
普通に生活していても
腰が痛かったり
目が悪くなっていたり
物忘れが多くなったと
多くのお年寄りが
嘆かれる理由はわかります。
そして
「老いていいことなんかない」と
老いたことを悲しそうな表情で
僕に訴えてくるのです。
そんな悲しい顔をされると
僕まで悲しい気分になってしまうのですが・・・
本当に年をとることは
そんなに悲しいことなのでしょうか?
確かに
若い頃に比べると
あれもできない、これもできないと
できないことを数えてしまうと
気分的に落ち込んでしまいます。
でも、物は考えようです。
例えできることの数が減ろうと
できる範囲で楽しめることは
いくらでもあるはずです。
できないことに目を向けるのではなく
できることに目を向けて毎日過ごせば
老いて体が衰えようとも
生きる喜びを持ち続けることができるはずです。
まだまだ、自分の中にある
元気なエネルギーがあることを診療しながら
お伝えすると
まだまだやれるという気持ちに切り替えられたのか
診療が終わる頃には
明るい笑顔を浮かべられる方もいます。
最初は
そのことに気がつかなくても
来院されるたびに
だんだん表情が明るくなり
以前感じた老いることを悔いてた
重い空気が
前向きな空気に変わって
診療室全体が明るい雰囲気に包まれるから
不思議です。
ナチュラルメディカルセンターでは
年老いても、明るく元気に過ごせる
診療を目指しています。
ストレスは判断力を高める
ストレスは
何かと病気の原因であると言われます。
確かに
精神的なストレスが高いと
免疫力が低下し、
ガンになりやすくなるとも言われます。
確かに
ストレスがあるといえば
マイナスイメージが生まれがちだけど
プラス面があります。
それは
適度のストレスは人間を成長させる面も
あるということ。
適度のストレスは
交感神経を刺激して
判断力や行動力を高めてくれます。
またストレスを感じたから
予想以上の力が出るのです。
つまりストレスを感じると
火事場の馬鹿力がでるのです。
最期の1%がよければいい
マザーテレサは
「人生の99%が不幸でも
最期の1%がしあわせならば
その人の人生はしあわせな人生に変わる」
という言葉を残している。
どんな気持ちで
死を迎えられるかが
確かに自分の人生のまとめになるのだと思う。
でも
誰にもその最期の瞬間がいつ訪れるかなんて
わからない。
病気をしていても、いなくても
突然死は訪れる。
だから
生きている今の時間を大切に
生きていくのだと言うことを
マザーテレサは教えてくれているのでしょう。
自分の価値
あなたは
どんな人ですか?
あなたって
どんな人か説明できますか?
あなたのの顔ってわかりますか?
意外と
自分のことってわからなくないですか?
自分の顔を知りたければ
鏡をみればわかるはずだけど
”あの人と比べたら、かわいくない”
”あの人より、目が小さい、鼻が低い”
”あの人と・・・”なんて
あなた以外の人と比べてないですか?
逆に
人から言われて
肌がつるつるしてる
髪がきれい
くちびるがふっくらしてる
・・・・など
初めて自分の魅力に
気がつくことがあるかもしれない
自分のことって
意外と知らないものだと思いませんか?。
自分の外見だってわかりにくいのに
自分の良さや能力なんて
もっとわからないもの。
勉強や仕事をする時
誰かと比べてしまったら
集中できないし、
あの人が気になって
心が上の空になってしまいます。
そして
誰かと比べて
”あの人より劣ってる”なんて
不安に思ってしまうこともあるかも。
人と比べるってことは
ないものねだりをしてる
実はとっても我がままな行為なんだとおもう。
外見にしても
内面にしても
みんな持ってるものが違う
ってことに気づいてほしい。
あの人が持っているものを
あなたは持っていないかもしれない
けど
あなたが持っているものは
あのひとは持っていないはず。
自分が持っていないものを
欲しくなるのは人間の性。
あの人と同じものを持ちたい
と思うのも人間の性。
あの人と同じものを持ってしまうと
また
別のものを欲しくなってしまうのも
人間の性。
だから
人の持っているもので
満足することはできないんだと
思います。
”人がもっているものは
永遠に手に入れることはできない”と
思った瞬間に
自分の中に大切なものがあることに
気がつきます。
そして
自分の中にある
大切な宝物を
探してみたくなるでしょう。
自分の中にある宝物なら
きっと
いつまでも大切にしようと
思うでしょう。
他の人が
持っていようが
持っていようが
関係ない。
あなただけがもっていたい
あなただけの
大切な宝物
そんな宝物は
みんな持っている。
もっと自分に関心を持って
自分の中にある
宝物を見つけてみましょう。
自分の中にある
自分らしさを見つけましょう。
他人からみた自分の価値ではなく
自分の中の宝物を発見したら
きっと
自分の素晴らしい価値を
誇らしく、大切に
思うでしょう。
自分らしさとは
実は
”神様からもらった果実”
神様からもらえる果実は
1種類だけで
自分の手で持てるだけという
決まりがあります。
だから
他の人がもっている果実を
持つことはできません。
取り替えることもできません
分かちあうこともできません。
その果実は
あなたしか見つけることができません。
あなたしか手に取ることはできません。
あなただけの果実
その果実は
自分で、自分のために
大切に味わうことしかできない。
そして
その果実は
永遠にあなたを支えてくれます。
”自分らしさ”という
神様にもらった果実を
さあ、見つけてみて下さい。
☆週末は、
美容師の MIKIKOさんとフォトグラファーの美智子さんに
1日お付き合いいただき自分らしさ発見の時間を過ごしました。
本当に自分って自分ではわからないものだと実感。
わくわく、ドキドキしっぱなし。カメラの前で、もっと輝きたい
と思った刺激的な貴重な時を過ごせたことに
感謝の時間でした。
余命1年の宣告をうけたら
最近年をとると
死について考えることが増えてきます。
そして
死の瞬間のシュミレーションを
することが増えてきました。
誰もが
穏やかな死の瞬間を迎えたいことでしょう。
後悔なくその瞬間を迎えるために
もし余命1年の宣告をうけたら
あなたは何をしますか?
残された時間が限られていたら
もう一度会いたい人に会いに行く
最後にあそこに行ってみる
やりたかったことをしてみる・・・・
など
やっておきたいことは頭に浮かぶことでしょう。
もし僕なら
もう一度行きたいところ
行ってみたいところもあります。
もう一度会いたい人もいます。
コンサート行ったり
名所巡りしたり
ゆっくりできることで
何も考えずに、おいしいものをゆっくり食べて
本をゆっくり読みたいなど
やりたいことが頭をよぎります。
でも、きっとその時になると
体が動く限り
働こうと思うだろうし
時間があっても、
死の間際には体力的も限界で
とても出かけることは
無理な状態になっているかもしれません。
死の間際になって
家族ともっと過ごせればよかった
旧友に会っとけば良かったと思う人が
多いと聞きます。
そう思うのは
それまでの人生で
家族と一緒に過ごすよりも仕事や趣味を
優先したのは
その時はそれが大事だと思ったからでしょう。
旧友に会うよりも
もっと集中するべきことが
あったからでしょう。
そのことを大事だと思って優先してたのに
死の間際になって
こうすればよかったと後悔するのは
考え方によっては
一寸欲張りな気もしませんか?
人間は最後になると
もっとできたのではないかと
後悔したり、様々な思いに駆られるのは
人間の業なのかもしれません。
ですから死の間際に少しでも
悔いることのないよう
今やっていることに
全力で悔いなく全力で取り組むことが
大事なのだと思います。