投稿者「santa」のアーカイブ
人が善行に励むわけ
ウクライナとロシアの戦争も長期化し
中東の国々では戦禍に苦しんでいます。
世界に平和が訪れる日は来るのだろうか?
と思うのは僕だけではなく
戦争反対の声をあげる人は
日に日に増え
それに応じて
その声を上げる行動の表れとして
様々な寄付機関もあり
少しでも平和な世の中になるように
なればと思ってる人が増えています。
世の中が乱れたときに
困った人がいれば
その人を助けてあげたいと思うのが
人情ですが
その時、行動に出るきっかけが何かを
神経学者の池谷祐二氏が
「人は他人の目が合った方が
善行に励む」と
仰っています。
慈善のスタンスは国によって大きく異なるけど
2018年のCFAの世界寄付指数レポートによると
慈善活動をに寄付した国民の割合
第1位が見ヤンマー、2位がインドネシア
いかがオーストラリア、ニュージーランドと続き
日本はランク外
アメリカも最近は寄付離れがすすみ
12位という結果がでたそうです。
その寄付離れの理由は
「他人のための行動は
利己的な行動よりも清らかなことだ」
と寄付を美徳として
崇めすぎた結果だと
池谷氏は分析しています。
つまり
人は他人の目が合った方が
善行に励みます。
名前を公表する方が
寄付も集まりやすいそうです。
そういえば
日本も海外の援助するときも
ニュースになることがほとんどです。
寄付をした行為を
知ってもらえた方が
寄付の励みになるのは
わかる気がしませんか?
そういえば
天皇陛下が
東日本大震災の被災者や
コロナの医療従事者に対して
ご自身の資産から1億円寄付された
ことを思い出しました。
みなさんは
天皇陛下のこの寄付のことご存じでしたか?
僕は知りませんでした。
それを知ったときに
天皇陛下は
やっぱり徳を積まれている方なんだと
思いました。
僕も天皇陛下を見習って
僕も他人の目を意識せずとも
善行を積める人間になれるように
日々精進したいと思います。
ぼくが生きてる、ふたつの世界
耳の聞こえない両親のもとで
愛されて育った少年の
生き様を映画化した映画を観た。
ろうあ者である両親は
結婚をもそしてこどもを産むことも
周りから大反対されたけど
二人の強い愛で乗り越えた。
そして、どんなこどもが生まれ
愛情一杯注いで育ててきた。
幸いにも異常もなく生まれたこども大(吉沢亮役)は
成長するに従って
自分の親が周りの親と違うこと知るようになり
人生の挫折があった時に
親に自分がコーダとして生きている環境の
性だと親に自分に対する不満を
親にぶつけてしまうのです。
自分のやりたいことを見つけるために
東京に出て
社会というものを経験し
ろうあ者とコミュニティーに参加することで
自分の知らなかった世界を経験していく。
そして
彼は、自分が両親を支えてきたと思っていたけど
実は、大きな愛情で支えられていたことを
知るのです。
母親の愛情ある姿に
自分の母親の姿と重なり
自分の母親はろうあ者ではないけど
映画中の母親と変わらない愛情を
注いでくれたことを
思い出とともによみがえってきた。
その時どんな思いで僕に接してくれたかは
確認しないことは出来ないけど
母そして父の愛情ある子育てが
この映画と重なって思い出され
両親にも僕の生きてきた世界と異なる世界が
あることを思い出させてくれたたことに映画でした。
頑張れと頑張るなの使い分け
頑張れという意味は
ベストを尽くせ、
集中して、力いっぱい、他のものにめもくれず
しゃかりきりになってやれ
という意味で言っているだろう。
スポーツの場面でも
よく言われる言葉。
その時には自分のやってきたことをを信じろ
という意味も含まれている。
つまり、持てる能力を最大限出せ
ということになります。
しかし、この言葉をちょっと深く考えると
「無理をしろ」と
やんわりと言ってる
実は危険なアドバイスとも言える。
現代風に言うと
「パニくる」ということんいならないだろうか。
パニック状態って
実はゾーンに入ってるような状況なのだ。
パニックになっているときは
「大変だ」「どうしよう」という気持ちで
頭が一杯になり
冷静にあれこれ判断すること
ゾーンに入った状態に入ったなのです。
このゾーン状態では
成功することは難しい。
だから
この時には水を差す言葉を
かけてあげることが重要になります。
ですから
「頑張れ」の一辺倒でなく
場合によっては
「頑張るな」「リラックスして」などという
声かけも必要になります。
頑張れ、頑張るなの
言葉かけの使い分けも大切です。
なぜ働くのか?
人は働いて
その対価としてお金をもらい、稼ぎ
食べ物を買ったり、洋服を買ったり
生活の糧を得て
生きていくことができます。
でも、それだけのために
お金を稼ぎ、物を得ているのなら
争いや競争
まして国同士の戦争なんて起こらないはず。
実際は
今世界中のあちこちで
権力闘争が行われている。
生きるためのはずが
いつのまにか生に対して
満足するだけでなく
自分の欲を満たすために
争いはじめている。
人間は賢いはずなのに
とても愚かな動物だと思ってしまう。
これは遠いところの話ではなく
ニュースにならないだけで
些細な問題かもしれないが
身近でも起こっている。
人は
いったいなんのために稼いでるのか?
生きていくためだけ?
なんのために
自分の欲を満たそうとしているのか?
そう思ったときに
ロシアの文豪トルストイの代表的作品である
「戦争と平和」で
人間のあらゆる願望、
生への意欲は
自由拡大の願望に尽きるからである。
富と貧困、名声と無名、権力と隷従、
力と弱さ、健康と病気、強要と無知、
労働と余暇、飽食と飢餓、善と悪は
自由の程度の程度の大小にほかならない
と書かれていたのです。
思わずトルストイに心を見抜かれた気がしました。
富を得たいのも
名声も権力もそして健康でありたいのも
自由でいたいから。
もっと自由でありたいから
人は稼ごうとするのだ。
稼ぐ意味はわかったけど
自由とはなに?
僕は肉体的自由と
心からの自由があると思っています。
お金で本当の自由が得られるのか・・・・
自由については
また別の機会に書きたいと思います。
天国が宮殿だとしたら
誰も死んだ後のことはわからない。
でも
僕は死んだ後の世界は
きっと自分の望んだことが
全て叶うような世界ではないかと
勝手に思ってるけど・・・
そんな自分の望んだ世界にいるのだとしたら
どうして
またこの世に生まれてこようと
思うのだろうか?
そんな時
ロシアの文豪ドストエフスキーの
「死の家の記録」に
以下のような分があることを知った。
ひとつ宮殿を建ててみるがいい。
大理石や絵や金細工で飾り立てて、
極楽鳥を放ち、色とりどりの庭を作り
ありとあらゆる趣向を凝らす・・・
そしてそこにはいってみるのだ。
きっと
もはやどこにも行きたくなくなることだろう。
諸君は本当にそこからでないかもしれない。
何でもそろっているかららだ!
「幸せ者は高望みをしない」と言うではないか。
急にちょっとした変化が生じる。
諸君の宮殿のまわりが塀で囲まれて
諸君はこう告げられるのだ。
「何もかもおまえのものだ!
存分に楽しむがいい!ただし
ここから一歩もでてはいけない」
すると、請け合ってもいい、その途端に
諸君は自分の極楽を捨てて
塀を乗り越えて外に出たくなるのだ。
そう、そこに足りないものはただひとつ
自由だ!
自由で気ままな暮らしなのだ
とドストエフスキーは書いている。
きっと帝政ロシアの
静粛された時代の中で生きてきて
自由に生きることが
どんなに大切かを感じたのだろう。
多少生きづらくてもいい
自由にその時の自分が感じるままに
生きたい。
そんな自由に生きることを
人間は求めて生きているのだろう。
だから
天国にいたとしても
人はまた生まれ変わってこの世に生きたくなる。
だとしたら
今、どんな状況であっても
この世で生きることが僕たちの望んだこと
だから今という時間を
大切に生きないといけないんですね。
脳が疲れてないですか?
現代人はいつも疲れていると
言われています。
疲れると一口で言っても
肉体的に体が疲れることもあるでしょう。
でも、疲れたと感じるのは脳であり
脳疲労にも注意なんです。
脳が疲れてくると
活性酸素が脳に対して
悪影響を及ぼします。
その結果
「飽きる」「疲れる」「眠くなる」という
症状が出てくるのです。
最近どれだけ脳が疲れているかを
セルフチェック出来る方法が
NHKの番組で放映されていたので
紹介します。
次の7項目で、自分が当てはまるものを
チェックしてみてください。
□物事は、切りのいいところまでやらないと気がすまない
□責任感があり、遅くまで残業しても苦にならない
□集中力が高く、何かに没頭すると周りが見えなくなる
□長時間のドライブでも、途中休憩をあまりとらない
□疲れたら栄養ドリンクを飲む
□日中に眠気がある
□熱めの風呂に長湯するのが好きである
(NHKオンデマンドより引用)
すべて脳疲労を起こしやすい
生活習慣です。
該当する方は、日頃から意識して
ストレスケアをする必要があります。
春の息吹
毎朝、日の出前に
散歩をしています。
ここ数日
外に出た途端
温かいなぁと感じ
四季が移り変わっていることを
肌で感じて
からだ全体の細胞が目覚めて行くのを
からだいっぱい感じるようになりました。
ある日
真っ暗な中
温かくなったなぁと思っていると
どこからか
いい香りが・・・
花の香り、梅ん香りでしょうか?
あたりは真っ暗なので
どこにどんな花が咲いてるのかは
全くわかりません。
でも
どこかで花が咲いてて
花の生命の息吹を発していると感じるのです。
ああ、いい匂いだ。
その匂いを嗅ぎ、感じる度に
からだの底から
エネルギーの息吹が
湧き上がってくるのを感じました。
その息吹を感じながら
僕は
目に見えない力が
僕だけでなく、植物からも
エネルギーを発して受け止めて
生きていることを感じたのです。
日の出前には
地球上は目覚めのエネルギーにあふれるのです。
だから元気に過ごせるのです。
その日
花の匂いを感じながら
生命のエネルギーに感謝していると
空が白みかけました。
あ、夜が明けると思った瞬間
・・・・
花の匂いは消えていました。
脳細胞はいつまでも増え続ける
診療中に、よく
「最近、ものを忘れることが多くなった」
「人の名前が思い出せなくなった」とか
記憶力が低下したとという声を
よく聞きます。
自分も最近
人の顔を思い出せても
名前が出てこないことを
経験することは増えきたように思います。
その時に
年を重ねてきた結果だから
仕方ないよね。
と諦めモードになってしまいます。
その原因は
10000億個以上もの神経細胞で
成り立つ人間の脳は
年をとると全く
新しくは生まれず、どんどん消滅し
一定年齢以上では
再生不能になると言われてたからです。
しかし、最近の研究では
人間は年齢にかかわらず、
一部の脳では、神経細胞を増やし続けている
ということがわかってきたのです。
一部の脳とはどこかというと
記憶の整理をすることが役目の
海馬が脳細胞が増えていることが
証明されたのです。
海馬とは
全ての情報を
頭のどこにしまうかを整理するとこなのです。
頭は確かに無限の能力があるわけではなく
全ての情報を
頭の中にとどめておくと
頭がパンクしてしまいます。
だからとどめておくのに必要ない
記憶は忘れてしまうことが
大事になってくるのです。
そして
大事なこと、忘れてはいけないことは
しっかり頭にとどめておくのが
海馬の役割。
その海馬はいつまでも
成長し続けるのです。
ですから
年取ったからと言って
諦めないで
いろんなことにチャレンジしていきましょう。
思いやりのこころ
人は日々戦っています。
武器を持たなくても
生存競争、受験戦争に
日々の生活の中で闘い続けています。
生きるためには
必要な戦いもあるけど
ただいのちのためにではなく
自分の欲を満たすために
自分以外の人を傷つけてしまう
戦争も起こしてしまうことも
あります。
人間はいつから
戦うことを覚えてしまったのでしょう。
人間は元々は
戦うことは望んでいなかったと思うのです。
なぜなら
生まれた時は
喜びいっぱいの気持ちに溢れて
この世にいたはず。
そして
こどもの時は誰でも、
困っている人を“助けたい”と、
優しい気持ちを
いっぱいもっていたずです。
それなのに
おとなになるにつれて
優しい気持ちが薄れてしまうのでしょうか?
でも
こども達と接すると、
どんなに戦闘モードに入ってた人でも
こどもの時に感じていた
優しい気持ちを思い出す場面があることでしょう。
でも
日々こどもと接すして働いていても
いつもこどもと同じ無垢な感覚を
持ち続けることはできないのが悲しいところです。
しかし
こころが洗われた瞬間があると
今までの生きる世界が変化を感じます。
看護師、保健師、学校の先生などのように
こどもと関わる方々だけでなく
子育て中のお父さんお母さん
子育て中でなくても
バスの中、町中で
無邪気な子供の姿に触れた時
こどもの時感じたことを思い出し
こどもの気持ちをもっとわかってあげられると思います。
子育ては大変だと思われている方
ご家族の介護でお疲れの方
ご家族のことが手いっぱいで
仕事、家事、全てのことを
完璧にできない時もあると思います。
僕も仕事で疲れ切った夜は、
いつも優しい父親でいることはできません。
でも、
こどもの顔を見ると、どんな時でも不思議
と「明日もまた、頑張ろう」と活力をもらいます。
家族は思いやりのこころという
絆でつながっていると思うのです。
だから、
こどもと過ごした時には
ご家族と過ごした時間は貴重な時間です。
生きていることに感謝し、
いつもこどもの頃持っていた
“思いやりの心”を思い出して
過ごすことができれば
きっと、戦争なんて起こらない世の中になると
思うのです。
こころが荒れたと思った時に
そっと目を閉じ
ご両親の温かさや
こどもの時の気持ちを思い出してみませんか?
こども達にまず伝えたいこと
おとなは
親や先生などに限らず
こども達に様々なことを
教えようと考えます。
でも、教えること
教えたいこと
伝えたいことなど
多くのことがあって
すべてを伝えることは無理でしょう。
逆に
子供達に
必ず伝えないといけないこともあります。
それは、こども達に
「この世は生きるに値するんだ
ということを伝えるのが
こども達よりも
先に生まれてきたおとなが
が伝えることではないだろうか」と
思うのです。
