投稿者「santa」のアーカイブ
からだから変わる
気持ちが落ちている時
鏡を見てみると・・・
背中が丸まっていないだろうか
肩が落ちていないだろうか
目は下ばかり向いていないだろうか
口角が下がっていないだろうか
顎が下がりすぎたり、
上がりすぎたり
していないだろうか
背筋を伸ばし、顎をひき
からだの軸をしっかり維持し
口元には微笑を浮かべ
目に力を入れて見開き
呼吸を整える
その姿を自分の心に焼付けよう
いつもその姿でいよう
その姿で者をみて、考えよう
からだと心はつながっている
たまには病気するのもいい
誰もが病気にはなりたくない。
できることなら
病院にはかかりたくない
薬なんか飲みたくない
という気持ちもわかります。
ただ、自分も病気を経験し
病気をしたことで
得られたこと、学んだことも
沢山ありました。
とある先輩クリニック院長が
こんな話を
してくれました。
「人間は時々風邪を
ひかないといけない。
それを乗り越えるたびに
少しだが、強くなる。
風邪ひとつ引かない
自分は健康だと豪語している人は
あぶない。
その人は
高速道路をぶっ飛ばしている
車のようなもの。
一般道路に下りると
事故を起こしやすい。
反対に
いつも信号で止められているドライバーは
あんまりおお事故を
起こさないものだよ」と
話されていたのを思い出す。
日頃から
自分に過信することなく
歩んでる方がいいのかも知れない。
また、病気をして
病気を乗り越えた経験は
病気になる前よりも
少し自然治癒力が増しているもの。
人間のしあわせも同じ。
不幸を乗り越えた時
その経験が知恵となり
しあわせに一歩近づける
ようなもの。
病気になることは
怖れることばかりではないのです。
手紙を書く
手紙を最近は書く機会が
少なくなりました。
電話やメールやラインなど
色んな伝達手段が増えました。
これらは
あっという間に
自分が伝えたい時に
相手に伝えることができます。
だから
書くのにも、相手に届くのにも
時間がかかってしまう手書きの手紙は
スピード感ある
現代社会では、億劫がられるのも
わかる気がします。
でも
こんな時代だから
手紙を書くことが大事だと思います。
丸山敏雄先生は
とても筆まめで
心血を注いで手紙を書いた
言われています。
手紙は
お互いの会話だから
気がついたら
すぐに書きなさい。
受け取ったなら
すぐ返事を書かないと
会話としての
手紙の意味をなさなくなると
おっしゃって
とても手紙というものを
大事にされました。
そして
手紙の書き方として
①わかりやすく
読みやすい文字で、簡単に、明確に
②礼儀正しく
心を込めて、相手の立場になって
③早く、美しく書く
事が良いと言われています。
最近では
手紙を受け取ることが少なくなりましたが
その手紙を受け取ると
その方の字をみると
その人の
姿が目に浮かんできませんか?
そして
その文面に
その人の生の言葉として
思いが胸に飛び込んできませんか?
手書きの字をみると
その人の思いが
ひしひしと伝わってきませんか?
そして
温かい気持ちに溢れてきませんか?
それは
メールやラインなど
デジタルの文字では
感じられないものではないでしょうか。
手紙は
直接話すよりも
心に響くことがあります。
会話は
言葉としての音は消え
後には残りません。
でも
心のこもった手紙の文章は
形として
いつまでも手元に残り
必要な時にくりかえし
人を励まし、力を与えてくれます。
心を込めた手紙
手紙を書く気持ちを持って
生きていくと
きっと
いい人間関係が生まれるのでは
ないでしょうか?
愛情不足
愛するこどもや家族、恋人
大切な人にに対しては
愛情不足にならないように
心がけているということ。
でも、どのように
愛情を表現したらいいか
わからない方も
いらっしゃることでしょう。
愛情をかけるとは
特別なことをことと考えてしまうと
何をしたらいいのか
わからなくなると思います。
愛情をかけるとは
実は特別なことではないのです。
部屋にゴミが落ちてたら拾うとか
のどが渇いてるかな?と思ったら
お茶をだすとか・・・・
別に特別なことではないのです。
お手本にするのは
お母さんの行動です。
親の愛情をいつも感じてることは
多いでしょう。
生まれた時から
ずっと、あなたが困らないように
あなたが気がつく前に
先回りして
行動してくれてたでしょう。
あなたのことを考えて
行動してくれることが
愛情行動の現れです。
ですから
その人の行動をみたら
愛情があるのかなのかわかるのです。
運の玉
人は生まれてくるときに
平等に運の玉をもって
生まれて来ているらしいです。
そして
生きている間
こころの中の錦の袋の中に
大切に入れているのです。
そして
その運の玉を
生きている内に大切に
まるでこどもを育てるように
育てていくのです。
その運の玉を育てると
大きくなります。
大きい運の玉をもつと
その人は幸運が訪れるようになります。
みんな生まれてきた時に
もらってきた運の玉に気づかず
もっていることに気づかないと
育てることもできません。
この運の玉をもっていると
いいことが起こるのです。
いいことって、試験に合格するとか
大事故、病気などの災難から免れるとか
そんな大きなことばかりではありません。
今日食事が美味しかった
朝スッキリ目が覚めた。
天気も良く遊びに行けた
など、自分に起こった
ちょっとしたいいことを
気づくことで
運の玉をもっていることを自覚し
運の玉に感謝することができるのです。
運の玉に感謝すれば
運の玉を一回り大きく育ち
更に大きな幸運が訪れるようになります。
織田信長も
豊臣秀吉も
この運の玉に気づき大切にしていたそうです。
あなたも
ご自身の運の玉を育てる生き方を
していきましょう。
医療文化の功罪
医療は、考えてみると
人間が創り出した文化ともいえます。
実際、医療によって
救われた命は夥しいでしょう。
命は救っているかもしれないけど
病気を減らすことはできてない
気がします。
医学の発展によって
原因がわかった病気が
増えたからなのだけど
実感としては・・・
医療が病気を増やした?と
感じてる人も居るかも知れない。
でも、医療という技術を使って
生きているのは人間だけ。
他の動物は、医療がないから
病気も少ない?
病気になったときには
自分の力で治そうとします。
自然力頼みでも
多くの動物は生き続けて居るのです。
その代わり、
余計な心配はしない。
自然にまかせて、病気、けがを
乗り越えている。
自然任せで生きることって
一概に不幸であると言えない。
人間は知識をもって
技術という力に頼りすぎていないでしょうか?
そして
もともと持っている自然治癒力のことを
忘れていないだろうか?
自然治癒力を最大限引き出し
医療の技術をつかえば・・・
しあわせになるきがするのです。
人工知能(AI)発展の先にあるもの
現代はAIと呼ばれる
人工機能の発達がめざましく
人々の生活に瞬く間に入り込んできた。
知りたいこと
やりたいことの答えを
難なくだしてくれるので
便利だけど
AIにとやりきっていいのか?という
不安な気持ちもある。
元々コンピューターは
20世紀のはじめ
IBMが計算などの事務処理を助けるために
開発が始まりと言われている。
産業革命以降
まず人間の力作業を補助するために
機械が開発された。
機械導入により
力作業をしていた労働者は
事務職をするようになった。
そして、コンピューターの登場により
事務を行っていた
いわゆるホワイトカラーと呼ばれる
労働者も
働く場所を奪われていった。
そして
現代は、人々の悩み事、困りごとに
相談に回答を示してくれる
チャットGPTが出現。
瞬く間に、こどもからおとなまで
その恩恵預かっている。
そんな時
仲の良い親子が
たまたま起こした親子げんかのはずが
チャットGPTが介入して
あっという間に逮捕という
究極の自体になってしまった。
確かに
暴力はいけないことだし
逮捕されることは悪くない。
でも、その後のことを
考えての判断なのだろうか?
この判断で
こどもが助かるのだろうか?
この先苦しみを抱えて生きることに
ならないのだろうか?
チャットGPTよ。
あなたの判断は、確かに
非の打ち所がない正しい判断であろう。
でもその判断で
だれもがしあわせに向ける道が開けることを
思いましたか?
考えてくれましたか?
その先のことを考えての判断ですか?
AIが発展することで
人々は自分で考えることを忘れてしまう。
人間が他の生物と違うことは
本能のままに生きるのではなく
知恵を持って生きるところです。
その考える知恵を奪われてしまったら・・・
人間は人間らしく
生きていけなくなる。
チャットGPTは
優しい言葉を並べながら
ほくそ笑んでる裏の顔を
見てしまった気がする。
真理は更新される
コロナ以降、仕事のスタイルが変化しました。
医学の世界でも、変化があり
その一つがオンラインでも学会に参加できること。
以前とは形態がちがっても
気軽に学会に参加することができるはよくなったことです。
学会では様々な病気に対する
最新の知識を勉強しますが
ある学会では
医学の本質を語られた
二人の大先輩の言葉を実感させられた
時間でもありました。
二人のうちの一人の言葉は
ハーバード大学の医学部長であった
シドニー・パーウェルが
1935年から1949年
医学部生の卒業式で学生に贈った言葉
「医学は進歩し
真理は常に更新される」です。
教科書に書いていることの半分以上は
将来間違っていることが証明されるという
つまり
真理は常に更新され続けるものである。
医学の進歩を日々学び続け
常に最新の適切な知識に基づいた
診療を心がけなければならないと
これから医者になる学生達を戒めた言葉。
今回の学会で
その言葉が身に沁みた。
これまで、離乳食を早くはじめると
アレルギーが発症するリスクが高まると
言う考え方が主流で
その考えによって診療をしていましたが
今回は、
アレルギー発症にリスクのある食べ物でも
少量でもいいので早期にはじめた方がいい
と言う考え方でした。
明日からの診療の方針が
大きく変わるようなことでしたが
医学は進歩し
教科書はいつか書き換わる時を迎えることもある。
今真実と思っていることは
本当に真実なのか?
今常識と思っていることは
本当に真実なのか?
今目に見えることだけが
本当に真実なのか?
科学を究め
真実を見極めるためには
素直なこころの目が必要なのだと
しみじみ思いました。
そして
もうひとり
紀元前の古代ギリシャ時代に活躍した
医聖と呼ばれるヒポクラテスの
教えもいただきました。
学会参加するとは
医者の意識・知識を整理、浄化する
大事な時間です
愛の形
最近新聞を読むと
目につく記事。
「年間出生数81万人に現象」
「3組に1組が離婚している」
「離婚後の親権は単独親権?共同親権?」
「同性婚を認める?認めない?」
「20代独身男性の4割が
女性と付き合ったことない!」
など
結婚、出産に対しての
記事が、職業がら気になるだけでなく
これからの社会を憂える点からも
気になる。
国も大変だと
補助をしたり、保育園の整備
家庭庁の新設など
対策はとっているが
その裏にあるのは
税金が減る、年金で支えられなくなる・・・など
それも大事なことかもしれないけど
そんな目先の改革だけで
大丈夫なの?
結婚、こどもをどこか
自分の都合で考えてるような気がして
制度だけでなく
気持ちから変えていけないと思う。
かつては
こどもができることは神聖なこと
そして
愛の結晶(もう古い言い方?)を育むために
男女が愛し合い、結婚する。
その点を
ひとりひとりが
忘れてきているような気がする。
この人と生きていけたら
この子さえいてくれたら
どんな状況でも生きていける。
結婚を考えるときに
自分自身の時間がなくなる
自分の自由なお金がなくなる
自由に仕事ができなくなる
など
今の生活を変えたくない
いわゆる守りの生きようとする人が
多いような人がする。
こどもが生まれる意味を
根本から考える時期に来ているだと
思う。
子宮は神聖なもの
生まれてきたこどもは
胎内記憶がある
私は前世の記憶がある
スピリチュアルと言われる
考え方がある。
それが正しいかどうか
誰にもわからないが
そのスピリチュアルの考え方があると
今を生きることが貴重な時間
今過ごしている人との生活が
愛おしく
どんな状況でも共に生き抜こうとする。
その思いが生まれる根本にあるのは
「愛」の気持ちではないでしょうか?
「愛」を学ぶために僕たちは今生きている
・・・と考えられたら
何の不安もないしあわせな人生になると思うのです。
廃用身
この映画を見終わった後
すぐ立ち上がることはできなかった。
からだが動かなくなった時
その部分を切断することで
その時の苦悩が
たとえ軽減されたとしても・・・
外見の変化
想定された(期待された)効果が
得られなかった時の苦悩は
本人だけでなく
周りの家族ははかりきれない。
医師としての決断も
誰もが賛成して、応援してくれていたと
信じていても
ことが困難にぶち当たった時は
手の平を返されたかのように
反対者になってしまう。
それでも
新しい治療をやるのか
やれる勇気はあるのかと
映画見終わって、時間がたった
今でも僕に投げかけてくる深い映画だった。
