投稿者「santa」のアーカイブ
しかり方
病院でも走りまわってるおこさんの
お母さんに
よく
叱るってどうしたらいいのでしょう”と
きかれることがあります。
今は
叱るよりもほめて育てることが
推奨される時代。
だから、
中々叱ることができない
お母さんが増えているのも事実です。
1歳半を過ぎると
こどもを様々な危険から
防いであげないといけません。
だから
叱らないといけない場面は
度々起こります。
ですから
今回は、叱り方について。
ポイントが3つあります
絶対叱ってもらいたいのは
①命に危険がある場合。
その時
「こら!」「だめ!」「めっ!」と
大きな声で言います。
この時は、危険に直面している時なので
自然に大きな声が出るかもしれません。
ただ
これを使うのは1回だけ。
何回も使ってると
段々声が大きくなって
思わず感情的になって
思わず手が出てしまうってことにも
なりかねません。
感情的になったり
体罰をしてしまうのは
どんなことがあっても
してはいけません。
次に
②こどもに責任をとらせるしかり方
例えば
おこさんが散らかして遊んだときは
”そんなに散らかして、お片付けしなさい」と
注意するのは大切ですよね。
でも、
こどもだけでは、お片付けできないかもしれません。
ですから
叱った後
ほっとくのではな
お片付けが終わるまで側で見守ってあげて
困っいたら
”一緒に片付けようね”と
やさしく助け舟を出してあげることが
叱り方と同じように
大事な事でしょうね。
一回叱ってもわかってもらえず
何度も繰り返し言わないといけないことって
以外と多いもの。
最後は
③継続的に使うしかり方
1回目は「やめなさい」
2回目は「さっきもやめなさい」っていったでしょう
3回目は「ちょっと、おいで」と言ったり
あるいは
お母さんがこどものそばに行って
両手をおこさんの腕に置き、静かに
「ママはやめなさいといいました。」と
おこさんの目をみて
それだけを言って、その場を去りましょう。
それで十分効果があります。
叱るのと同様な言葉で”怒る”という
言葉があります。
この二つの言葉の違いは
愛情があるかどうかです。
愛があれば
その子のことを大切に思えば
その子のためを思えば
どんな叱りかたでも
必ずこどもに伝わるものです。
ですから
自信を持って
おこさんに愛情をもって
おこさんのことを思って
真正面から
対峙することが大事なんでしょうね。
☆ 自身の経験をもとに、今感じていることをまとめた
拙著「どう生きてどう死ぬか 脳出血を経験した小児科医が観た生きる道」を
上梓させていただきました。
この本で記した僕の経験が、思いが
医師としてだけでなく、病いを経験したひとりの人間として
ひとりでも多くの方のお役に立てることを願うばかりです。
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からだはエネルギー体
これまでの医療は
「人間機械説」という考え方のもと
人間の体は、機械のように部品でできている
だから、病気の時は
機械の部品を修理するように治せばいい。
そして、更に進歩し
部品事態を取り替えるように
再生医療が花盛りになりました。
一方で
量子力学の発展によって
からだをエネルギー体としても
みられるようになりました。
私たちは絶え間なく動き回る
分子、電子、素粒子で構成され
すべてのものがエネルギーを持っている。
言い換えれば、
人間は、純粋なエネルギー体だという考え方です。
つまり
自然治癒力をエネルギーとして
捉えられるようになったのです。
これまで、
エネルギーは目に見えなくても
感じていたと思います。
疲れると
病気に対する抵抗力が弱まることは
誰でも知っているように
エネルギーレベルが低下すると、
あらゆる病気の原因になるのです。
つまり、エネルギーは生命力です。
エネルギーを回復させる医療が
必要になってくる時代になってきているのです。
☆ 自身の経験をもとに、今感じていることをまとめた
拙著「どう生きてどう死ぬか 脳出血を経験した小児科医が観た生きる道」を
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薬がなくても
人類は、氷河期であっても
インフルエンザなどの大流行があっても
いつの時代でも生き残ってきました。
現代のような医学が進歩し
薬ができたのは
この100年程度のもの。
人類は、実は薬がなくても
ずっと生き残ってきたのです。
症状は
からだからのサインです。
熱がでるのは病気と戦っているから
下痢や嘔吐は
危険なものを体外にだすため。
熱がでたら即解熱剤
下痢になったら即下痢止め
何かあったら
即薬に頼るのではなく
まずは今ある症状に
からだの声に耳を傾けてもらいたいのです。
そうすれば
今、何をすべきなのか?
今、何を食べ、何に気をつければいいのか?
今、どう生きるべきなのか?
に気づくことができるはずです。
からだの声を聞くことができれば
薬に頼らなくても
心から健康と思える毎日を過ごせます。
すべての答えは体の中にあるのです、
からだの声を聞くお手伝いを
ナチュラルメディカルセンターでは
行っています。
☆ 自身の経験をもとに、今感じていることをまとめた
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病気が治るのは
病院に行っても
薬を飲んでも
良くならないと
嘆いていらっしゃる方が
最近増えている気がします。
治らないと思ったときに
ちょっと考えて見て下さい。
病気が治るために
気づいてほしいことがあります。
病気を治すのは
医者でもなく、薬でもなく
実は自分自身だということを。
病気になったときこそ
からだの声に耳を傾けて下さい。
自分のからだに
負担がかかる生活をしていませんか?
病気の時こそ
ご自身の日々の生活を見つめ直して下さい。
今
どこが一番悪いかを
なにが一番悪いかを
ご自身のからだに問いかけてみて下さい
からだの声を聞くことができれば
からだからの声を受け取ることができれば
からだは自然と治る方向に動き出します。
なぜなら
心もからだも
あなたのことを
一番よく知っているのは
自分自身だから。
病気を治しているのは
医者ではなく
あなた自信だということを
忘れないで下さいね。
ナチュラルメディカルセンターでは
からだの声を聞き
あなたの治癒力を高める
お手伝いをしています。
☆ 自身の経験をもとに、今感じていることをまとめた
拙著「どう生きてどう死ぬか 脳出血を経験した小児科医が観た生きる道」を
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不登校でも今が大事
年々学校に行けないと悩まれて
受診される方が増えてきています。
学校に行けない(行かない)理由は
ひとりひとり異なり
様々だと思います。
受診されれば
からだの不調を探すために
診察をしたり
お話を聞いたり
生活を一緒に考えたり
できることを
こども達と一緒に考えます。
一緒に考えながら
ふと思うことがあります。
こども達自身でも
学校に行けない(行かない)理由が
わからないのではないかと。
ですから
お父さん、お母さんにお願いしたいことがあります。
お子さんが学校に行きたがらなかったら
「今、この子は
学校というところが合わないんだ。
行きづらいんだ」と
理由ではなく、行けない状況なんだと言うことを
受け止めてあげて下さい。
その時、大事なのは
今、学校に行けなくても
「何とかなる」「大丈夫だ」という
メッセージをこどもたちに伝えることだと
僕は思うのです。
こども達には、未来があります。
僕たちおとなは
こどもたちの未来が輝いていて欲しいと
願いっていても
こどもたちが生きているのは
未来ではなく今この時なのです。
ですから
こどもたちの未来を応援するのではなく
今を応援してあげればいいのです。
何ができるか、何をするかではなく
今、ここにいることを応援するのです。
そして
生まれてきてくれてありがとう
あなたがいてくれるだけで、しあわせだと
伝えて下さい。
どんなに悩んでるあなたでも
今いてくれるだけで
しあわせだと伝えて下さい。
その思いが伝われば
きっとひとりで歩き出してくれるはずです。
☆ 自身の経験をもとに、今感じていることをまとめた
拙著「どう生きてどう死ぬか 脳出血を経験した小児科医が観た生きる道」を
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いのちのバトン
最近、映画「みとりし」の原作者と
知られている青木新門さんの言葉に
触れることが多い。
青木新門さんは
納棺師として
これまでに3000例のお亡くなりかったの
納棺をされたそうです。
死の時に立ち会って
仕事をしないということは
その仕事に対して周りの目が厳しく
例え家族であっても
理解が得られないようだ。
新門さんも
親戚のおじさんから、
恥さらしだと罵声を浴びせられ
縁を切られるような状況になったようです。
でも
死の瞬間に立ち会っているからこそ
感じることも多いようで
死を迎えられた場所
そして
死の瞬間に偉大なる光を感じられ
死の瞬間に光に包まれると
穏やかな表情になり
憎まれていたおじさんも
臨終の際には涙を流し感謝の言葉を発したそうです。
納棺師をして
死を死者の気持ちを受け入れ
その気持ちを未来に繋ぐことも大事な仕事だと
ずっと「いのちのバトンタッチ」という題名で
講演活動をされているそうです。
そこで語られている言葉を
紹介します。
「人は必ず死ぬから
いのちのバトンタッチがあるのです。
死に臨んで先に往く人が
『ありがとう』と言えば
残る人が
『ありがとう』と応える
そんな一瞬のバトンタッチがあるのです。
だから、目を背けている人は
見損なうかもしれません。
そんなバトンタッチがあるのです」
青木 新門
☆ 自身の経験をもとに、今感じていることをまとめた
拙著「どう生きてどう死ぬか 脳出血を経験した小児科医が観た生きる道」を
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メタトロンで肉体改造
メタトロンを続けていると
知らず知らずの内に
必要なからだができあがり
突然事故に遭っても
対応できるからだに
なっていることを
教えられました。
その患者さんは
少年時代からずっと
野球をやっている方。
ご自身は学生時代は
もちろん野球部所属。
社会に出てからは
少年野球でこどもたちに
野球の指導をしながら
自らも
野球チームを作って
シニアの大会に未だ出場しているという
文字通り
スポーツマンの患者さん。
ずっと運動を続けていても
からだの衰えを感じることも増えてきたようで
こどもたちを指導するためにも
元気にからだを動かすことができ
まだまだ
こどもたちに負けない体力を
つけたいので、メタトロンを
健康目的で定期的に続けられています。
ずっと
こどもたちと一緒に
走り回りたいという気持ちが強いことが
診察の度に感じるのですが
人間の肉体には
時間的変化が起こるのが自然の摂理。
その摂理を受け入れ、従って生きることも
大事なことと
メタトロンを受ける度に
いい年の取り方があることを
お伝えしいたのですが
いつまで若いときの肉体のままでありたいことを
思うのは
人間の究極の夢ですよね。
でも、メタトロンをしてることで
その夢を実は叶えてくれていたんですね。
その患者さんが
メタトロンを受ける前の週末
ご自身の野球の試合に
選手として出場したときのことでした。
緊迫した試合のなか
ご自身が塁に出ていて
自分がホームインすれば
さよならだと言う場面でした。
バッターが外野にフライを打ったのを確認し
2塁にいた患者さんは
猛ダッシュしました。
三塁ベースを回ったとき
コーチは、走れのサイン
患者さんは勝利をめざして
スライディング
・・・しかし・・・
そこにいたのは
ホームではなく
大きな壁のように目の前に行方をはだんだのは
体重100kg異常あるような
巨漢の捕手でした。
患者さんは
猛スピードのまま
その男に突っ込み、顔面から飛び込んだので
気づいたときには
目が腫れ、鼻血が止まらなく
目も当てられないような
顔に変わってしまったようです。
それは
メタトロンを受けた5日前のこと
診察時には
右目の下に傷がありましたが
その衝撃のひどさは
話を聞かないとわからない状態でした。
でも、本人は
今日のメタトロンで
どんな状態かとても気にしていたようです。
メタトロンの結果は
骨も筋肉も皮膚も
全く悪い状態はありませんでした。
もちろん
衝突したことを示す所見は
全くみられません。
それどこか
胃も肝臓も腎臓も肺も・・・
からだのどこを診ても
異常はないのです。
これまで
こんなに良かったことはないくらいです。
けがの状態どころか
最高のコンディションであることを
メタトロンが教えてくれました。
メタトロンは
患者さんの若返る体力を望んでいたけど
今の肉体で
試合もできて、突発事故にも耐えられる
最高のからだに改造していてくれてたんですね。
メタトロンは
あなたの望むからだを作ってくれるのです。
☆ 自身の経験をもとに、今感じていることをまとめた
拙著「どう生きてどう死ぬか 脳出血を経験した小児科医が観た生きる道」を
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医師としてだけでなく、病いを経験したひとりの人間として
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物語を語って下さい
目の前の患者さんに対して
最善の治療をするために
我々医師は日々努力していますが
病気の種類も含め
接する患者さんの症状、訴えは
多岐にわたり
医療も進歩する中で
患者さんに常に最高の治療をするためには
医師ひとりの経験だけ
医師ひとりの研究勉強だけでは
十分とは言えません。
そこで
皆の経験した治療法などを
分析して
病気に対する
道標を科学的根拠に基づいて
示したのが
EBM(Evidence-Based Medice)と
いわれるものです。
このEBMのおかげで
どこの病院であっても
医師の自身の経験に左右される治療を
患者さんは
受けられるようになりました。
しかし
最近は、EBMにこだわりすぎ
EBMが標準治療だから
EBMじゃないといけないという
風潮が強くなってきた気がします。
ここで
間違ってはいけないのは
EBMはじゃないといけないわけでは
ないので
EBMに縛られることは
ないのですが・・・
この治療に当てはまるように
治療を進めてしまう
傾向に陥りがちです。
患者さんの病気になった理由、経緯、症状
そして
病気についてどのように考えているのか
どうしたいのかなどの
患者さんの思いは加味されずに
基準とされる血液検査、画像検査などの
結果のみで判断、実施され
目の前の患者さんのことより
データーばかり見ているという
批判につながっているのでは
ないでしょうか?
ナチュラルメディカルセンターでおこなっている
メタトロンでは
みなさんに1時間の時間を作ってもらって
施行しています。
またメタトロン中であっても
特に患者さん自身の行動を規制することも
ないので
メタトロンの結果を含めて
患者さんと様々なお話をします。
毎日どんな生活をしているか
何が心配かなど
ご自身のことだけでなく
ご家族のこと
お仕事のこと、コロナウイルスについてなど
お話の内容は
多岐にわたります。
実は
この1時間のお話は
とても重要なんですね。
この会話から
患者さん自身が抱えている問題
どう生きていきたいか
何を求めていることが
わかることがあります。
そうすると
例えEBMに添った治療をおこなっていても
根本治療とはとはならず
EBM的治療だけでは
根本的治療が難しいことを
感じます。
その様に感じるのは
決して僕だけではなく
最近ナラティブ・ベイスト。メディスン(NBM)も
必要であると訴えられる医師も
増えてきています。
NBMは
患者さんが語る物語から
病気になった理由、症状、考え方などの
患者さん自身が抱える問題を
全人的に把握し
そこから
最善の治療法を考えていこうという考え方が
出てきています。
病気の原因は
患者さんひとりひとりで異なります
ですから
治療法もひとりひとりことなります。
ですから
NBMも加味して
治療をおこなう必要があると思います。
僕は
これからも
患者さんに対して
いつもOPEN HEARTで
患者さんの言葉にいつも耳を傾けられる
医師でいようと思っています。
☆ 自身の経験をもとに、今感じていることをまとめた
拙著「どう生きてどう死ぬか 脳出血を経験した小児科医が観た生きる道」を
上梓させていただきました。
この本で記した僕の経験が、思いが
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メタトロンが教えてくれたこと~病がからだと心を操る~
病気が発症する前は
心の状態が
からだの状態に影響している。
つまり
病気になる前は
心が主人で
からだがこころの指示のもと
動いていた。
それが病気になると
そのからだと心の主従関係が逆転し
だんだん
からだのほうが主人になっていって
こころがからだの指示にしたがうという
立場が逆転してしまうのだ。
先日
受診された高齢の患者さんは
何年ぶりに受診された。
数年前に
からだのしびれ、睡眠障害などの
症状があり
メタトロンも受けられ
1回だけの受診で
その後音沙汰のなかった患者さんだった。
この数年間で
良くなっていたら良かったけど
今飲んでいる薬を処方してくれと
受診された。
お話をきくと
睡眠障害は続いて
最近専門病院で
薬を調整してもらい
睡眠できるようになったが
その病院が少し遠方にあるので
お一人での通院が難しいので
ご家族の付き添いがないと通院ができない。
ご家族も
忙しく、近くの病院で
薬をもらえたら・・・と思って
思い切って当院を受診されたようでした。
今の薬で
眠れるようになったようだけど
今まで通っていた
病院にいけない理由があるようだ
話していると
それは、物理的理由でなく
不信感などの理由で
いけなくなっているようでした。
少しでも
力になれればと思ったが
今飲んでいる薬は
専門医でないと処方も難しく
その処方までの間に
医師の苦労の跡も
薬歴からも感じられ
僕ができること
しないといけないことは
処方をすることではないと
強く感じました。
患者さんは
眠れないという極限の
からだの状態が
こころをも支配し
こころがガチガチに硬くなり
自分を苦しめている。
からだに支配されている
こころを解放させてあげるないと
この苦しみからはずっと続く。
まずは
今の病院の先生に
こころをむけて
患者さんの思いを届けることから
はじめないと思った。
そのための方策を
いくつかお話して
僕ができる薬の処方をして
その日の診療は終わった。
数年ぶりに会ったこの患者さんは
人が変わってしまったようになっていた。
病気になると
こころも、性格も
病気の状態にあるからだに支配され
変わってしまうのだろうか?
この患者さんを診て
こころが先かからだが先かを
見極めることも
からだの支配から
こころを解放するのも
僕の使命だと思った。
☆ 自身の経験をもとに、今感じていることをまとめた
拙著「どう生きてどう死ぬか 脳出血を経験した小児科医が観た生きる道」を
上梓させていただきました。
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直観力を磨く
現代は多くの情報が
インターネットを通じて
多くの人が
簡単に受け取ることができます。
手軽に
情報を手にすることができるので
便利な反面
戸惑いを感じている人も
多くいらっしゃるのも
今の世の中の特徴だと言えるでしょう。
我々の受け取っている情報量は
時代ごとにに換算すると
平安時代であれば一生分
江戸時代であれば一年分の情報量が
1日に受け取ってる情報量と
言われています。
情報量はどれくらいか
わからなくとも
その量の多さは
現代人の誰もが感じていることでしょう。
現代の人々の生活は
江戸時代に比べものにならないぐらい
激しく、動いているいるので
生きていくために必要な情報量は
格段に増えているのも
確かでしょう。
しかし
全ての情報量が必要かと言えば
決して
そうだとは言えないでしょう。
莫大な量の情報のなかから
必要な情報をピックアップする能力
つまり
自分自身の直感力を
磨く必要がでてきています。
今必要な情報のひとつに
コロナウイルスに関することがあります。
ウイルスがめにみえにものであってり
まだ不明な点も多く
様々の専門家が各々の立場で
意見を述べられるので
全ての話に耳を傾けていると
文字通り目が回ってしまいます。
その情報を
自分にとって有意義かそうでないかを
ふるい分けるのが
直感力です。
直感力は
本来の自分、本質の自分に
訴え判断する力です。
その力は
自分のこれまで経験したの中から
判断するのでなく
潜在意識、超意識を働かせて
判断するのです。
脳の部分で言えば
論理的に考える左脳を使うのではなく
右脳で判断するということだと
思います。
このことを
自分自身の声、内なる声、ハイヤーセルフの声と
言えるかもしれません。
右脳に働きかけて
判断された自分の思いなのです。
その声を常識や経験に根ざした
左脳の働きで
右脳からの直感力にきずかずに
過ごしてしまうことが
多々あります。
右脳からの声は
いつも我々の耳に届いているのです。
それに
気づかないふりをして
我々は生きているのですね。
ですから
直感力を磨くために
①いつも内なる声に耳を傾ける
②その内なる声に従って行動してみる
③行動することで生まれた結果を
内なる声に従って行動した結果であると
自分の行動を納得する
と言う生活をつづけると
あなたは、直感力に従って生きられる
情報に振り回されずに
生きていくことができるのです
☆ 自身の経験をもとに、今感じていることをまとめた
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