真実の医療」カテゴリーアーカイブ

健康だけが人生の目的ではない

日々患者さんと向き合っていると
からだの不調を訴え
その訴えに対して力を尽くすのが
医師の役割。
確かに、病気があれば
その病気を治す
特にこどもの病気はその通り。

でも
自分が病気をして
治らない病気があることを実感しました。
今若いときのように
100%の機能はありません。
だからそう考えると、今健康ではないと
言えます。
だからといって
仕事ができなくなったかと言えば
日々患者さんと向き合い
以前よりも病気を通して
新たな気づきを
お伝えできるようになりました。

これも
自分がある意味健康でなくなったから
できることなのです。

からだになに不自由なく生き
寿命を全うするだけが人生ではなく
たとえ病気を抱えていても
日々自分の人生を歩んでいくことが
大事なんです。

健康であることを
人生の目的にして生きていかない。
健康=しあわせでない
今あることをどう生きるかを
試されていると思うのです。

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ささやかなしあわせが健康の元

どんな時に健康だと感じますか?

頭痛、腹痛などの痛みがない時
熱、咳、下痢などの症状がない時
何も苦痛に感じない時ですか?

症状がなければ
健康だと思うかもしれません。
でも
症状がないからといって
健康だとは決していえません。

ひょっとしたら
その時、からだは
あなたに苦痛を感じさせないよう
病気に向かわないように
がんばっているのです。

病気に向かっているかどうかなんて
中々気づけないもの
今、健康かどうかって判断するのは
実はとても難しいのです

からだに問いかければ
健康かどうかチェックする
簡単な方法があります。

今日目が覚めたとき
「ああ、よく寝た」とすっきり目覚めましたか?
お腹が空きましたか?
そして
ごはんを食べておいしいと思えましたか?
よく寝て、よく食べて
一日を過ごせましたか?
そう感じれていれば
たとえ病気があったとしても
からだは健康に向かっているのです。

逆に
病気がなくても
眠れない、食事がおいしくない・・・・
と思えるときは
病気に向かっているので要注意です。

朝すっきり目覚めて
おいしいものを食べて過ごすって
とてもささやかだけど
しあわせな時間を過ごしていると
感じませんか?

ささやかなしあわせを
感じて生きること。
ささやかなしあわせを積み上げていけば
こころから健康だと思える
日々が過ごせます

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福田村事件から学ぶ

映画「福田村事件」を観た。
この映画は、関東大震災直後に
実際に起こった事件が題材になっていた。

その事件とは
関東大震災の直後
人々の間で広まった噂(デマ)によって
福田村の200人が
よってたかって
四国から来た行商人15名を
殺してしまうという実際の事件をもとに作られた映画。

関東大震災直後なので
人々は恐怖に怯え
よそ者が、井戸に毒を入れたりして
自分たちの生活をめちゃくちゃにしようとしている。
国からも
自分たちを守るために
自警団を組織して
防衛せよとお達しがでる。

怯える人々
今の生活を守ろうとする
人々の必死の気持ち。
噂を確認しようとする冷静さも失い
恐怖だけが人々の心を独占してしまう。
集団心理の怖さを描いていた。

戦争が起きたときには
情報を操作されるという。
現代であっても
流れる情報が正しいかどうかなんて
確かめる手段なんかない。

その情報が正しいかどうかは
自分の内在する良心でしか
判断するしかない。

その良心には
緊急時に到達できるものではなく
日頃から
こころの灯火の火を灯していないと
いざというときには灯そうと思っても
灯るものではない。

日頃から
灯火を灯し続ける生き方をしていこうと
この映画を観て強く思ったのです

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心の生態系を整えることが平和への道

世界ではあちこちこちで
人類は争い、平和な世界とはいえません。
そんな中
お金を持ってる実業家などは
火星移住計画を立てて
いずれくる?地球の滅亡に対して
地球を脱出しようと画策している人達がいます。

その時に備えて、かつて
アメリカが外界と全く隔離した
大きなドームテントの中に
環境も動植物も全く外界と同じ空間を作り
数名の科学者がその中で暮らせるかの
実験を行ったことがあります。
現在もおこなわれてるか?といえば
2年間で中止になったそうです。

ドーム内では原因不明の
酸素濃度低下、生物の死滅、虫が大量に発生して
環境破壊が生じてしまい
中止せざる負えなくなったのです。

地球は
全ての動植物が微妙なバランスの上に
成り立っていることがわかったのです。

それともう一つ
ドーム内で生活していた科学者達の
争いがたえなくなり、人間関係が破綻したのも
原因とも言われています。

これはドーム内の話ではなく
地球上でも
環境のバランスが崩れると共に
人々の心のバランスも崩れているので
戦争が止まないのではないでしょうか?

地球を脱出することを考えるよりも
この地球を大切にして
人々と心を合わせて
自然の生態系、こころの生態系を
整える社会になるように
ひとりひとり努力することが
人類が生き残る唯一の道のような気がするのです。

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やりきったこと

さて、今日考えて見たことは
今まで「やり切った(やり切っている)」ことの中で、
一番思い出深いことなんだろう?
ってこと

僕のやりきったことは、
今のクリニックを開院したこと。
今のクリニックを開院して2月で丸13年になります。

この病院を作るために、
知恵、体力、経験、そして運さえも・・・・
僕の持ってる全ての力を
注ぎこんでできたと思います。

クリニックを作ろうと思った時
自分と見つめ合う機会をいただきました。

自分と見つめ合った瞬間、
自分らしい医療、自分しかできない医療、
自分らしく生きること、自分しかできない生き方を
したいというエネルギーが
自分の中から沸々と湧いてくるのを感じました。

それを今考えてみると、
きっと自分の使命に目覚めた
瞬間なのかもしれません。
だから、
決意して立ち上がれたんだと思います。

縁もゆかりもない土地での再出発でした。
最初は妻以外に
僕の思いの理解者も応援してくれる人もいませんでした。
でも、僕は行動しました。
自分の思いを語る機会がありました。
心から溢れる思いを誰かに伝えたいと思いました。

そんな僕を
時の神様は見ていらしたんだと思います。
僕に”出会い”という
プレゼントを用意してくれていました。

めげそうな時も
僕を支えてくれたのは、
それまで縁もゆかりもないのが不思議に
思えるほどの良きご縁でした。

初対面の方なのに
全てを語れた気がします。
僕の医療を夢を理解してくれ、
身体を張ってサポートしていただいた方々に
次々に出会いました。

どんな困難なことが起こっても、
めげそうな時も温かく応援してくれた方々でした。
そして
いつも僕を信じてついてくれた家族がいました。
クリニックが形になるにしたがい、
みなさんの温かい心に
僕が包まれていく気がしました。

そして、クリニックが開院して
この2/14で丸13年になります。

今思うのは、
このクリニックで太陽のような医療を届けるのは、
ただの通過点でしかない。
僕には、
まだまだ使命感があるような気がしています。

僕の命を輝かせてくれた
皆さんの温かい心に感謝して、
今ここにいることに感謝して、
自分の命をみんなのために
精一杯光輝かせて生きていこうと
思っています。

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冬に思う

まだ寒日が続いています。
今年の冬は
秋まで、連日20℃を超え
真夏日になるなど
秋、冬らしからぬ
天気がつづきました。

でもさすが冬です。
年が明けると、あっという間に
冷気が日本列島を多い
一気に気温が下がり
寒い日が続きました。
暖冬だといっても、ちゃんと冬はきました。

冬がくると
どこか自然の過酷さを連想させ
気が引き締まり
温かくしないと
厚手の布団をだし、コートの準備、
暖房を使い
雪対策、寒さ対策を始めます。

このように
冬は四季の中では
一番過酷な毎日を想像させます。

でも、
冬の寒さがあるから
暖かくなり始めると
春の訪れを感じ
芽吹きだすのです。

だから
生命の息吹くためには
冬という季節は必要なんだと思います。

そう言えば
柳宗悦氏がこんな歌を読んでいました。

「冬ナクバ 春ナキニ
冬キビシ 春ヲ含みて」

冬があるから
春が来るのです。

人生も厳しい時期があるから
楽しい時期がやってくるのです。

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関係を育てる

こどもの時
植物でも、動物でも
何か自分で育てた経験って
おとなになった時
人間関係を気づく時に
役に立つんだと思う。

友達との関係も
誰かを好きになった時も
人との関係は作るものではなく
育てるものだと思うから。

仲良くなりたくて
勇気をだして一歩を踏み出し
仲良くなった後も
いつもいい関係がいつまでも続くとは限らない。

時には壊れそうになったり
傷ついたり、傷つけたり
でも
また元の状態になれるように努力して
お互いの関係が深まっていく。

その時に大事にして欲しいのが
”育てる”という愛情。

関係を育てるって
”こうすればいいよ”
”そんなことしたらだめだよ”と
自分の考えで
口を挟むことじゃなくて
自分の意見じゃなくて
相手の気持ちになること
だと思う。

”あなたは今どうしたいの?”
”何に困ってるの”
”どんなことに喜びを感じるの?”
”どうされると嫌なの”
相手の立場で
考えよう、答えを見つける努力することで
関係は育っていく。

でも、その答えを
いつも返ってくるとは限らない。

人は、動物や植物と違って
話すこともできる
聞くこともできるのに
知らないうちに
相手の言葉に耳を傾けていなかったり
自分の思いだけを話したりする。

その時に
こどもの時育てた
何もしゃべらなかった花のこと
何も教えてくれなかった動物のこと
を思いだしてほしい。

あなたの可愛がってる
花を動物のことを
少しでもわかってあげたいと
目、耳、鼻、全身を使って
観察したと思う。

そして
自分なら・・・って考えたと思う。

五感をすべて使い
想像力を駆使して
あなたとその人との
”関係”を育ててほしい。
そうすれば
美しい花が咲くはずだから。

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逃げ切れた夢

時間ができたので
スケジュールに合う映画を山口情報芸術センターに
観にいった。

今回観たのは
「逃げきれた夢」
定年前に記憶が薄れていく病気になった
主人公の教頭先生が
これまでのように生きられなくなった
未来をどう生きるかを考える内に
これまでの人間関係を見直そうと
幼なじみにあったり
教え子と語り合ったり
家族とも
心通い合ってたなつかしい時間を取り戻そうと
したけれども
それは全て幻想。
記憶に残っていた時間は全て消えていた。

この映画は
自分との年令も重ね合わせ
考えさせられた映画だった。
とともに
僕にも懐かしさを届けてくれた
映画だった。

冒頭から
聞き慣れた北九州弁。
ち、ち、ちゃちゃが耳に優しい
極めつけは”シャーシィ”という言葉
もしかして、この映画の舞台は・・・
そう、北九州、それも自分が幼いとき過ごした
黒崎が舞台だった。
厚生年金病院、黒崎小学校、三角公園
商店街・・・どれもなつかしい。
幼稚園時代の自分が蘇る。

あーー時間は過ぎ去った。
でもその時間を超えて僕はまだ生きていると
今の生活をありがたく思えた
映画の趣旨とは違うところで
心揺さぶれてた映画だった。

帰ってから
映画の話と共に
今はサブスクというシステムで
好きなときに、好きな時間に
映画見れると娘に教えてもらった。

観たい映画が決まってたらそれでもいい。
でも、僕は
今回のように偶々出会った映画の
偶然性を大事にしたいと思った。

映画そのものよりも
その時時間ができて、行動できて
出会いは
人だけでなく、映画も、本も大事にしたいし
きっと意味があることだと思う。

そんな
セレテンビリティを大事に生きていこうと思った。

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喜びの心

西洋医学の父・ヒポクラテスが「自然から離れると病気に近づく」、
つまり自然でいることが大事だと言っています。

“自然でいる”とはどういうことでしょうか?
それは、自分らしくいることではないでしょうか。

自分らしくいる時、
人は「心地よい」とか「気分がいい」とか喜びを感じます。

喜びは、
生きる目的に通じている気がします。
そして
人の人生の目的は、
喜びを感じ、そしてしあわせを体験すること。

そのために人は、
日々努力し、歩んでいると思います。
病む時も、痛みや苦しみがある時も、「
喜びを感じたい」「しあわせを感じたい」と思うからこそ、
頑張って生きていけるのだと思います。

喜びがあふれている時、
東洋医学でいう“気”があふれ、
免疫力が高まっていきます。

だから
楽しいときは体調がいいと感じるのでしょう。
逆に苦しみの感情は免疫力を抑制します。

日々“喜びの心”を感じて生きていくことが、
健康に、しあわせに過ごす道なのかもしれません。

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昭和世代と平成世代

僕は戦後、昭和生まれの世代。
そして
小児科医として日々接する
お母さんは平成生まれ
こどもたちは令和生まれと
過ごしています。

自分が今まではお父さん世代だったのが
今ではおじいちゃん世代に
なってきています。
それは
時の流れであり、納得はしています。

とは言っても
同じ時代を生きているから
生活仕様はなにも
変わっていない。
変わらないはず・・・だと思っても
世代間格差が生まれているということを
最近
50年間延長している園長先生と話して
実感しました。

園長先生が話されるのには
大学生に講義にいくと
いくつかNG行動を伝えられる。

まず怒ってはいけない
個人的に注意するのもいけない
個人的にあてて発表させてはいけない
それでは○○になれないよ
などは全てNGワード。

テストでは
○はつけても×はつけない。
70点とれれば大変いい
80点とれれば申し分ないと評価する。

授業では
AIがあるので、論文を書かせるのではなく
グループ討論学習をさせましょう。

等々様々なNGがあるというのです。

そんなぬるま湯で育って
厳しい世間を乗り切れるのか
心配になるのが
それが昭和世代の考え方なのだという。

僕たちは使命感をもって仕事をしているけど
というと
園長先生が、今の若い人で
そんな使命感もって仕事をしてないですよ
・・・そんなことはない
働いてる内に使命感が育つと思いたい。
と同時に
時代に取り残されそうになってる
昭和世代の孤独を感じた。

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