「今日の言葉」カテゴリーアーカイブ
生まれ持った性質通りに生きていく
昔から、
占いや予言などのスピリチュアルなことに
興味があるこどもでした。
占いをしてもらっても100%信じるわけではないのです。
悪いことは信じず
自分に納得いくことを信じるようにして
占いをどこかゲーム感覚で楽しんでいました。
成長するにしたがって
占い好きは変わりませんが
人は生まれつきもった性質、運命があるのではないか。
そして
そのことがわかればどんなに生きやすくなるのでは
ないかと思うようになり
科学的に持って生まれた性質を勉強しようと
バイオリズムの勉強を始めました。
バイオリズムを勉強したことで
やはり
人には、持って生まれた性質があり
生きているその年、その月日で
月の潮の満ちひきがあるように
エネルギーの流れがあることを知りました。
その後
平安時代から日本でも脈々と
生活の中に溶け込んでいる九星気学を
学び、
バイオリズムと同じように
人には持って生まれた性質
生きやすい方法があることを知りました。
持って生まれた運命を知って
その運命に逆らわず生きた方が
生きやすいのかと思います。
自分を自身の性質を知り
自分の性質を受け止めやすい相性のいい人と
過ごすと
人間関係に苦労することもなく
生きていくことができます。
少し科学的ではない方法ですが
人は持って生まれた性質は
必ずあります。
それを知ることで
自分と合わない人とも
付き合いやすくなることでしょう。
例え占いであっても
使い方によっては
有益になるものです。
本当に願っていれば、どんな夢でも叶う
多くの人が
こうありたい、こうなりたい
これが欲しい、これを手に入れたい等
望み、願いがあると思います。
でも
多くの人が自分の願いが叶わないと
あきらめていませんか?
この言葉は
願わない夢は叶わないとも
言い換えることができます。
願いを叶えたいと思うなら
例え挫折を味わっても
真に願いを叶えようと思うなら
そこで諦めないはず。
失敗しても
挫折しても
もし、その願いを叶えようと
この失敗を乗り越えて
次にどんな手段をとるか真剣に考え
考え抜くことでしょう。
その行動は
あなたの願いが強ければ強いほど
どんな状況にあっても
次の行動に繋がっていくことでしょう。
そして
あなたの願いが実現するまで
その行動は続くのです。
あなたが、頭を切り替えられるようになるのは
夢が実現した時。
だから
夢は必ず叶うし
諦めなければ、挫折も存在しないのです。
雪の花
この映画は
江戸時代末期
福井県に実在した笠原良策医師の
仕事を映画化したもの。
当時の医学界は
今とは逆に日本独自の医療
漢方医学中心の時代で
西洋医学はオランダから伝わっていたものの
鎖国時代であり
長崎の出島と限られた医師しか
使えなかった。
現在は
西洋医学中心で
漢方医学は脇役、その他の医療は
全く認められず
今とは逆の医療体制の時代でした。
そんな折、天然痘が流行するのです。
天然痘は致死率、伝染力とも強いのに
治療法はなく
祈祷などに頼っいた状況でした。
天然痘は感染症で
現在でもかかると怖い病気で
日本だけでなく全世界で
ワクチン接種を行い絶滅することができた
感染症です。
この映画の主人公
笠原良策医師も天然痘を治そうと
患者さんを必死でみるのですが
自分が学んだ漢方医学では
治療法がなく、どうしたらいいかと
途方に暮れていた時に
西洋医学の種痘(いまでいうワクチンの原型)が
天然痘を予防することができる
知り、行おうとするのですが
当時は国も、もちろん人々も
信じてくれる人はありません。
心ない噂がたったり、暴力にあったり・・・・
そんな困難を乗り越えて
種痘を広めていくのですが・・・・
どう乗り越えていくかは
映画を観て頂き他院歩ですが・・・
時代が変わっても
同じことがくり返されているなぁというのが
観た実感。
最近のコロナの状況をみても
現代は西洋医学が中心でも
有効な治療法もなく
効果があるといわれたワクチン、薬も
さまざまな噂に翻弄されてました。
確かに、未知のもの、新しいものを
行うには人々の不安なき持ちを取り去れ
信頼を得るためには
様々な困難を乗り越えなければなりません。
この自分も波動療法や
生き方から病いを防ぐ医療に取り組んでいますが
みんなの賛同はすぐには得られませんでした。
でも、僕は
真実の医療を求め進んでいきます。
この映画を観て
笠原医師の生き方および
次のセリフに勇気づけられました。
「運は天に任せております」
「名を求めず、利を求めず」
勇気をもらいました。
優先順位三原則
昭和15年から今日まで
70年にわたるベストセラー「修身教授録」の
著者であられる
森信三先生が全てにおいて
優先順位を3つ説いておられるので
ここに紹介したいと思います。
ひとつめは
①人を先にし、己を後に。
我が我がと人を押しのけるのではなく
人に譲るような心にゆとりを
もてと言ってるように思います。
先生は、ルールはあくまで遵守するとも
述べています。
二つめは
②人に勝つより、おのれに克てよ。
これはスポーツの世界では
よく耳にされる言葉であるけれども
スポーツだけではなく
仕事においても、日常生活においても
わかままきままに打ち勝つ
自制心が何よりも大切だという言葉です。
三つめは
③義務を先にし、娯楽はあとに。
まずはやるべきことを先に済ませば
こころも落ち着き、娯楽も楽しめます。
この優先順位を心に留めて生きれば
生活も仕事も
少しはスムーズに運ぶことでしょう。
災害を未然に防ぐには
災害を未然に防ぐためには
「人の心が平穏でなかったら
その心のエネルギーは
世の中を見出し
そのエネルギーが集まると
邪気になる。
邪気、すなわち悪いエネルギーがたまることが
災害を産むのである。
平穏な心で
人々が過ごすことができれば
災害がくるのを
防ぐことができる」と思うのです。
つまり
世の中に悪いエネルギーが高まることが原因で
地震、洪水、津波、疫病を産むのです。
ですから
災害を防ぐのは
今生きている人類の心の
在りようによると言うことです。
具体的には
1日1回短い時間でいいので
心静め、めを閉じ
自分の呼吸感じいや
自分の呼吸に集中する
自分が息を感じます。
すると自分が生きているのだという
実感が湧きます。
生きているのはなぜか
生きることができている理由は・・・など
次々
自分の生きている意味に
思い当たることがあります。
そして次に起こるのは
生きていることに対する
感謝の気持ちが芽生えてきます。
その感謝の気持ちをもって生きる
その感謝のエネルギーは
色んな人に伝わっていき
世の中に平穏なエネルギーで
あふれることになります。
その平穏なエネルギーで
この地球が満たされれば
人を苦しめ続けるような災害は起こらない
と思うのです。
今、コロナウイルス騒動も
人々の邪悪なエネルギーの影響と思うのです。
今生きていることを感じて
生きていることに感謝して
みんなが過ごしていけば
なにも怖れることはない気がするのです。
元総理が語った長寿のコツ
安倍晋三元総理の兄が
安倍家の家族についてかかれた
「安倍家の素顔」という本を読んだ。
この本は
作家自身の取材を元に書かれた本ではなく
安倍晋三氏の兄である安倍寛信氏が
ご自身の思い出として
書かれているので
政治家一家の表の顔、裏の顔が
政治家としての一面、家庭人としての一面など
赤裸々に描かれており
とても興味深い内容だった。
この本を読んで
色々感じることもあったが
このブログで、みなさんに知っていただきたいことは
90歳の天寿を全うされた
晋三氏の母方祖父であられ
昭和の大政治家であった岸信介氏が語った
長寿のコツについてです。
氏いわく、長寿のコツは2つあると
まず一つは不義理をすること。
不義理と言っても、岸氏も総理まで務められた
大政治家であり、不義理を尽くさずして
生きてきたわけではなく
昭和の大政治家であり一般人以上に義理人情を
尽くしてこられた方だからこその不義理と言う言葉。
きっと、義理人情に縛られることは
寿命をする減らすことになる。
だから、ある程度の年齢になり
人生の集大成の年齢になれば
義理立ても好きなだけにして
ちょっとぐらい不義理なぐらいで
生きていく方が、長生きできると言われている。
僕も先日のブログで
しがらみの話を書いたが
しがらみの整理も必要なのかもしれないです。
2つめは、規則正しい生活だと。
岸氏は戦後すぐ戦犯の疑いがかけられ
3年間ほど過ごした巣鴨プリズンでの
生活を振り返られ
プリズンでは、朝5時半に起き、夜9時には就寝。
1日1時間は運動、部屋の掃除などさせられ
食事は腹八部目、間食は一切なしという
規則正しい生活を3年間され
これの時の習慣が、それまでの不規則の生活を
改善してくれた。
その生活があったから長生きできた
まさに人間塞翁が馬と語られています。
この経験を踏まえて
50歳になったら1回刑務所暮らしをするのがいいと
笑って語っていたとか。
思えば、自分も
50歳過ぎて3ヶ月過ぎの入院生活を経験して
生活が一変しました。
全てのことをこなすのが難しくなり
不義理なことを申し出ることも増えました。
生活も、入院後今でも
朝5時に起き、夜9時には寝床に入り
朝、氏神様へのあいさつをかねて神社まで
1時間ほどウォーキング。
食事もほどほど、入院時の体重を維持してます。
この生活をつづければ
僕も長生きできるかが証明できるかと
思いますが。
もうひとつ、長生きするかどうかは
本人のもってる寿命がありますから・・・
実際長生きできるかどうかは
死ぬときにしかわかりませんが。
僕が、今言えることは
病気の後、心身ともに生きやすくなっていること。
ですから
みなさんにも
安倍元総理のおじいさんの岸氏の長生きのコツを
是非、実践されてみてはいかがですか?
悩みは必ず解決できる
誰もが問題にぶつかると
その問題を解決しようと
考えるでしょう。
そして、解決方法がみつからないと
悩むでしょう。
でも悩んだ時の状況を考えた時
悩みを解決する方法が
ひとつやふたつは見つかっていることに
気づいているのです。
しかし、その後も悩み続けてしまうのは
その解決方法を
やるかどうかで悩んでいるのことに
気がついたのです。
悩んでいる時だけでなく
自分のことを一番わかっているのは
自分だし
悩んでいる問題に対して
一番真剣に考えているのも
自分なんです。
これは
僕のことだけでなく
誰にもあてはまることだと思います。
考えに考えて
解決方法は見つかっているのに
その解決策をやるかどうかに迷ってるだけなんです。
考えているだけでは
絶対に問題は解決しません。
考えた解決方法を実行する勇気をもてば
必ず解決に繋がるはずです。
「悩んでいる人は
解決方法を知らないのではなく
それをしっていてもやりたくないだけ」
なんです。
浦島太郎の意味
日本人なら
誰でも知っているおとぎ話として
浦島太郎があります。
ただお話として読んでも
楽しめるけど
浦島太郎に関連した伝説が
日本のあちこちにあったり
何か深い意味があるのでは
深読みもできる
奥の深いお話に思えるのです。
僕なりに
この浦島太郎を読み解いてみると。
浦島太郎は
この世に、この世界に生まれた意味を
抽象的に示している気がするのです。
つまり
浦島太郎が訪れた竜宮城は子宮
海は羊水。
亀に竜宮城に連れて行かれた浦島太郎は
子宮に連れて行かれたのです。
つまり
男女の交尾、つまり太郎は精子なのです。
竜宮城で
一定期間四季を竜宮城で
過ごした太郎は10月10日たって
家に帰りたいと言って
家に戻ります。つまり出産を迎えるのです。
そして
竜宮城を出るとき
乙姫様から玉手箱をもらいます。
物語の中でも
特に意味深な玉手箱の意味は・・・
僕は次のように意味が
積まれているような気がするのです。
玉手箱の中には
生まれる前、生まれるまでの記憶が
詰め込まれ
そして、この世に学ぶべきこと
学ぼうとして書き留めた覚え書きのような物が
入っているのかと思います。
人間は
不死不滅の魂としていますが
この世には
新たな経験、魂磨く、己自身の成長するため
限られた肉体を手にして
これまでの経験を封印して
生まれてきていると思います。
人間は
この世では限られた
肉体をもって生まれてくるので
いつか必ず肉体は滅び
真実の姿、己自身に変えるために必要な物が
玉手箱に収めて生まれてきているのでは
ないでしょうか?
肉体は滅ぶ、限られたいのちのなか
自分生まれてきた意味があること
有限ないのちの中にある誘惑におぼれるなと
言う意味が
この玉手箱自身をもつ意味ではないかと
僕は思うのです。
太郎は
玉手箱ををついに明けてしまいます。
1段目の箱をあけると
あっという間に年をとってしまいました。
つまり
この世での目的を知り
この世で生きていく時間が残り少ないことを
教えてくれるのでしょう。
そして
2段目を開けると
鶴となって飛び立ってしまいました。
鶴になった浦島太郎は
どこに飛び立ったかは描かれていません。
鶴は渡り鳥です。
つまり、自分の生まれたふるさとへと
帰って言ったのではないでしょうか?
異国の地で
肉体を得て、様々な経験をし
学ぶことを学び
目的であった魂の成長を果たして
ふるさとへと戻っていった。
これが
浦島太郎の伝えてることではないかと
僕は思えて仕方ないのです。
人間の真実の姿は
魂ってことを現代人に伝えてるお話なんでしょうね。
情けは人のためにならず
ということわざがあります。
このことわざは
「人に情けをかけると
巡り巡ってやがて
自分のところに返ってくる」と言うことを
教えることわざです。
でも
この言葉はいかにも
日本人らしい発想のことわざだと思います。
誰かに優しくしても、その後
直接自分がやさしくされなくても
いつか誰かに優しくされることもあるだろうし
もし自分が優しくされなくても
自分のこどもが、孫が助けられれば
いいではないか。
だから、人に親切にしなさい・・・と
僕たちは教えられて育ってきました。
でも
世界には
色んな考え方の人がいます。
現実重視の民俗であれば
お礼をすぐ目に見える形で欲しい
自分がした恩義はすぐに求めてしまったら
もしお礼がなかったら・・・
折角いいことをしても
その後に相手を恨み、猜疑心が生まれ
だんだんその心が大きくなり
憎しみと変わってしまい
争いへと極端な話し続くかもしれません。
そんな気持ちを起こさないように
やんわりとなだめてくれるのが
このことわざの意図するところなのかも
しれません。
壮大なスケールのものに身を置く
人間だけが
将来のことを考えて
悩み、考えて行動するので
不安に感じてしまうし
頑張れる源になります。
年をとっても
将来に対する不安はあります。
若い時とちがうのは
不安の度合いが強まると言うより
自分ではどうしようもない
力の及ばなさを感じるからではないでしょうか?
年をとったら
壮大なスケールのものに触れて
震えるような体験にしてみることが
いいのではないかと思います。
非常に大きな建物、歴史的な建造物
大きな滝、満天の星空など
壮大な自然、物を観て胸を踊らす
体験のことをオウ体験と呼んでいます。
僕も最近日本に古くからある仏像の
勉強を初めて
昔の人の信仰心、生き方を感じ
聖徳太子さえ、色んな悩みを乗り越えようとした
ように感じて
悠久の時間に身を置いた瞬間
自分の悩みが吹っ飛んでいくのを
感じました。
悩みを感じ
人生に行き詰まりを感じたら
壮大なスケールの物に
身を置くことをお勧めします。