心の調べ」カテゴリーアーカイブ

ゆきてかへらぬ

中原中也と小林秀雄が
ひとりの女優長谷川康子をめぐる
恋愛模様を描いた映画。

中原中也をいえば
山口県出身の詩人としても有名で
小林秀雄といえば
文学評論家であり
かつて入試などで
現代国語の問題によく出てきた作者。
そして最近
「考えるヒント」という本を読んで
高校生の時も難解な文章だったけど
今読んでも
まだまだ難解な文章に四苦八苦した。

そんな二人が
一人の女性を巡って
三角関係?があったことは知らなかったし
自分的にとてもタイムリーに思えて
是非みないといけないと・・・・観に行った。

世の中で一番の贅沢は詩だとのべ
自分の心の襞を描いた
詩を書くことに才能を捧げた中也。
しかし、詩を書くには
繊細でないといけないから
長谷川康子との恋と別れ
愛する我が子との別れを
経験し・・・人生が不安定になりはじめ
結核も患い
若き死を迎えたことを知った。

長谷川康子も
不幸な生い立ちを抱えつつ
本当の愛を求め生き続けたひと。
様々な恋を経験し過酷な愛を生き続けた康子。
康子の劇中のセリフ
「私たち、神経と神経でつながろうとしましたの。
それが一番深い愛、深い愛だと思ったから。」
それは中也もそうだったのだろう。

昨日や山口県でも桜の開花宣言がでた。
先始めた桜の花を見ながら
二人が語ったセリフ
「この花びらは、散っているのか、散らしているのか」を
思いだし、
僕は、今年桜の花を見ながら
何を感じるだろうか?

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今を生きる

今卒業シーズン。
卒業といえば
自分の卒業だけでなく
家族の思い出もいっぱい。

以前娘の卒業の時に書いた詩を
思い出として再掲載させてください。

 

☆ 今日はこどもの卒業式。
最後のランドセルを背負って
学校に行く姿
しっかり、目に焼き付けておこうと
見送りました。

今をこの瞬間を
キラキラ輝いてる今は
未来に必ず続いている
だから
今を精一杯生きてもらいたい
と思ってます。

こどもの
成長がまぶしい朝でした

”今を生きる”

僕たちの命って
”今”なんだと思う

苦しくても
楽しくても
つらくても
それが自分に与えられている
”今”なんです

”今”を一生懸命
生きないければと
思うんです。

だから
何があっても
どんな状況であっても
生かされていることに
感謝しながら生きる

大切なのは
この”今”が
未来につながっていくこと

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筒井康隆の原作の映画をみた。
この映画は
10年前に妻を亡くし、
ひとりで暮らす元フランス教授が主人公。

さすが教授として
まじめに、学問を究め生きてきたのだろう。
退職後の生活は
ちゃんと自分で食事をし、洗濯、掃除と
家事をこなす。

その几帳面な生活を乱す敵が
遠くから来ている。
最初はそれは
いたずらか、紛れ込みかと
思っていたが
次第に頭の中に入り込んできて
教授の
これまでの過去を蘇らせ
過去と現在が交差するようになり
現在をも過去の時間の流れに
飲み込まれ、支配されてしまった教授。

敵に支配されたまま
この世を去る教授。
教授は支配されたまま、今もそれまでの
生活続けるのです。

これは老いの生活を
ファンタジー仕掛けで訴えてくる映画だった。

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還暦の誓い:老に学ぶ

文筆家執行早舟さんの書いた本に
こんな一文があります。

老人とは
老いた人、老けた人ということではなく
年を重ねて人間的に成熟した人と
いう意味というのです。

確かに
年令をただ重ねるだけでなく
人間的に成熟していきたいと
僕も常々思っています。

そして、執行さんは更に
こんな風にいっているのです。

「しあわせな人生を送りたいというのは
エゴイズムにょっけつした考え方です。
昔の人はそれが恥ずかしいことと
わかっていたので、
公にせず、腹の中で留めていました。
昔日本人が恥ずかしくてやらなかったことを
今堂々とやっている。
特に目に余るのが老人です。
自分の健康と長寿ばかり気にしている。
それを公言してはばからない」

かなり、過激な発言ですが
このあと、このように続くのです。

「若者の未来の幸福を
願うのが本来の老人というものです。」

年取ってくると
自分の生きてきた人生を
振り返って
同じく苦労は経験させたくない。
我が子が、孫がしあわせに生きていって欲しい
と願う気持ちが強くなってくるので
この執行さんの過激な発言には
すぐには賛同できませんでした。

でも
この言葉を何度も何度も読んでいると
嫌々
年取ってくると
健康でいようとか
しあわせを願う気持ちの視野が
どんどん狭くなってきているのに気がつきました。

若い時のように
大志を描くのではなく
なんと個人的な想いになってきていることに
気づいたのです。

今年、自分は還暦を迎えます。
だから
小さい自分に閉じ困らず
老人の大志を描いて生きていこうと思うのです

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輪廻転生を信じますか?

魂とは?
死後の世界ってある?
肉体が滅べば、全て終わり?
あなたはどう考えますか?
目に見えないことを考えるのは
苦手なのが現代人。
ずっと
魂?死後の世界?なんて迷信
と思われてきました。
でも最近
死んだ後に魂だけになり
その魂を高めるために
再び生まれ変わってくる
・・・と輪廻転生があると主張される
科学者、知識人
そして医師も増えてきているような気がします
前世療法という方法が
精神医療の分野であります。
言葉通り
今の心の傷は
実は
前世での影響があると考え
前世での記憶を蘇させることで
心の傷を治していく
前世にアプローチすることで
解決しようとする治療法なんです。
その前世療法を開発された
ワイス博士の治療を体験できる
CDがあると言うことで
早速聴いてみました。
CDのアナウンスに従っていると
だんだん
心地よくなって
いつの間にか眠っていました。
そして
30分ぐらいして
目が覚めたときは
とてもすっきりし
癒やされたのですが・・・
僕の前世は???
という結果でした
ところが
一緒にCDを聴いていた娘が
突然こんな光景が浮かんできた。と
絵を描きながら説明してくれました。
全く
場所も人物像も全くちがう
ふたつの場面が浮かんできたそうです。
はじめは何だろうとびっくりしたみたいだけど
場面の説明はないけど
自分の前世だと確認したそうです。
娘の話をきいていると
心から前世を実感していることが伝わり
やっぱり前世はある
人間は生まれ変わっているのだ
と思いました
人は
何かの目的を持って
生まれ変わってきている
誰もが
魂をより高めるために
魂の成長のために
課題を持って
僕たちは生まれてきたと
言われる人もいる。
過去の過ちを精算し、
学び、成長し
よりよい魂になるために
僕たちは今この世に存在しているとしたら
今心に響くこと
今気になることは
きっと
魂の成長に必要なこと
魂が成長する生き方。
魂が喜ぶ生き方
それが
心から健康になる生き方
ということかもしれません。

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救世主はあらわれるか?

今日はクリスマスです。
クリスマスは
救世主イエス様の誕生日をお祝いする日
でもあります。

救世主が
救済してくれると
人々は救世主の誕生に
今でも喜んでいるわけですが
今の世界を見てみると
なかなか終わりがこない
コロナ感染症に全世界の人々が
救世主の登場をこころから
願っているのではないでしょうか?

ぼくも
救世主のようなかたが現れて
これからの生きる道を
示してくれればと思いますが
実際救世主を考えたときに
これからの時代は
キリストや仏陀のように人の形としては
現れてくださらないような気がするのです。

というのは
救い主が現れる時というのは
人々の心に
真に救世主の誕生を求めるこころが育った時に
はじめて
神の化身であられる
救世主が現れるのではないかと思います。

ですから
人々のこころが乱れ、
その人のこころの波動が荒れている時には
神的な波動、エネルギーをもった方とは
同調しえない。

考え方も様々な時代
みんなに共通の思いをもつことは
難しい上に
肉体をもってしまうと
限定された地域の
同じような考えをもつ人にしか
限定的な人にしか
影響を及ぼせないということになります。

ですから
今の時代の救世主は
きっと人として
生まれてこない気がするのです。

肉体、すなわち
目に見える形あるものとしての
救世主ではなく
人の思いという
目に見えないものに同調する形で
救世主の存在に
気がつくのではないでしょうか?

人ひとりひとりが
救われたことに
気づいていくのです。
救われたという気持ちがもてれば
自分のこころがすくわれれば
人に対して
優しい気持ちを持ち、助けようと
言う気持ちになるでしょう。
そうおもった気持ちが
あなたのとなりにいる人の
こころに波動として伝わり
あなたが感じたように
救い主の存在に気づくでしょう。

そして
その方も救われた波動を
お隣の人に伝えることになります。
その救われた波動が
次々に広がり
みんなが救われることになります。

そして
世界全体が救われるのです。
これからの時代の救世主は
あなた自身のこころのなかにいらっしゃる
やさしいこころ
みなの平和を願うこころの中に
いらっしゃると思うのです。

クリスマスは
今生きることができていることに
素直に感謝して過ごしましょう。

☆本格的な冬到来とともに
今年の日々も残り少なくなってきました。
当院では年末は12/28(土)まで
年始は1/6(月)から診療開始となります。
お体の不調を感じた時は
お早めに受診いただき、安心して新年を迎える準備をしていきましょう。

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おみくじ

神社にお参りをした後
おみくじをひかれる方は
多いと思います。

おみくじをひかれたとき
一番先にみるところは
大吉?凶?ではないでしょうか?
次にみるところは
願いは?待ち人は?恋愛は?の
注意することが細かく書かれてます。
それを読み終わる頃には
一喜一憂して
見終わった頃には
ひとつのゲームが終わったように
満足して終わっていました。

おみくじって
ひとつの運試しゲームのような気がしてました。

しかし
最近おみくじをひく
意識がかわる出来事がありました。

一番大事なのは
大吉やその下のアドバイスではなく
一番上に書かれている
和歌なのですね。
それが本当の神様の伝え方なのです。

ですから
神社に行ったら
しっかり参拝して後に
おみくじをひきましょう。
すると
神様からの直接のアドバイスが
和歌として書かれているのです。

そう思ったのは
こんなことがあったからなんです。

とある神社に参拝した後
お参りをした後
おみくじをひくと
小吉で和歌には月の光が晴れ渡ると
書かれていました。
そしてそこの神社は
色々な神様をお祀りされてるので
同じ敷地内にあるおみくじが気になってひくと
吉でしたが闇夜より月がでて運開くと
同じ意味のことが書いてあったのです。

おみくじは違っても
同じことを仰る
神様の言葉が胸にしみました。

おみくじは
運試しではなく
神様の声を聞くものであることに
気がつきました。

おみくじをひいたとき
神様の声が聴けるチャンスです。
大切にしましょう。

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神の沈黙

祈りによって
救われたと思われる方は
実際にいらっしゃいます。

実際人々は
神を信じることで
救われると感じるのでしょうか?

それは、神は沈黙しているから
かもしれません。

人は質問されると
沈黙することは
なかなかできません。
何か聞かれると
その悩みに答えようと
必死で答えを探そうと
がんばって説明しようとします。

でも、神は沈黙しているわけです。

私たちは
つい、理屈や原因を求め
「なぜ、なぜ」と頭で納得しようと
するのですが
その時、ある瞬間にストーンと腑に落ちる
時というのを経験することがあります。

神との沈黙して対話することが
奇跡を呼ぶのかもしれません。

そう言えば、フランスのルルドの泉は
マリア様出現と言われていますが
ご自身は、マリアとも言ってないし
病気を治すとも言ってないのです。

しかし、奇跡を生んでいるのは
神との沈黙の対話によるものかもしれないと
思うのです。

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こころが働くために必要な力

しあわせな世界を作るためには
頭を働かせて作るのではなく
こころを働かせて作っていかなければならない。

頭を使うことになれてしまっているので
なかなかこころを働かせようと思っても
実際には難しい。

こころを働かせるためには
必要な3つのエンジンが必要だと思うのです。
その3つのエンジンとは
「感受性と想像力と愛情」だと思うのです。

例えば
自分について思いを巡らせた時
こころは
自己愛がどんどん膨らんでいくのです。
その時生まれる感情は
自己満足でしかありません。
逆に
自分以外の相手に思いを巡らせ
世の中についてや世界についてこころが向いていくと
こころはどんどん外に向かいだし
そのこころが自分以外の人のこころを刺激して
その人のこころも
どんどん外に向かい始めだすのです。

外に向かって気持ちを働かすためには
自分中心ではなく
周りの様子や相手の気持ちに気づける
感受性が大事になってきます。

こんな人が困っていることや思いを感じるためには
感受性だけでなく
想像力も必要となってくることでしょう。

こんな行動をしたら
この人はどんな気持ちになるだろうかと
想像できることが必要ですし
想像したことを
さらにしあわせになる行動につなげていくためには
その人に愛情を持たなければ
相手も、自分もしあわせにはならないでしょう。

感受性と想像力と愛情を磨いて
こころを働いたら
しあわせな世界ツクリに繋がると思うのです。

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神様のいる神社の見分け方

僕は神社巡りが趣味というか好きです。
その訳は
神社に行けば、神様に会えるから
というわけではなく
神社に行ったら
なんか心地よい風が吹き
嫌なことでも、忘れさてくれる空気に
包まれるような気がするからです。

だから、学会などで知らない土地を訪れた時は
神社がないかチェックします。
または、神社を見かけたら
時間が許せば訪れるようにしています。

そして、神社にいって
お詣りするかどうかを決めるのですが
その基準をお伝えします。

まずは
鳥居の外に立って
境内が清楚に整えているかを見ます。
そして、境内から気が流れているかどうかを
確認します。

気とは素粒子の波動のことで
物理学でその存在が証明されています。
目には見えないので
気はからだで感じるのです。
僕は、境内から心地よい風が吹いているか
それまで暑くて汗をかいていても
涼やかな空気に包まれて癒やされる感じがするのです。

それを感じれば
神様がいらっしゃる気がして
お詣りします。

僕個人的の感想ですが
この時感じる風、空気は
もしかしたら神気というのかも
しれません。

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