「真実の医療」カテゴリーアーカイブ
病気になぜなる?
病気には風邪のように
きちんと対応することで
完全に治る急性期の病気と
生活習慣病や癌のように
治療が長期にわたらないと
治らない慢性疾患があります。
こどもの場合は
アトピー性皮膚炎や喘息が疑われると
父がアレルギーがあるから・・・などと
家系にアレルギーがあるからこの病気になる
でもあきらめない
どうにかして治したいという熱意を
感じられます。
しかし
おとなになると
高血圧、高脂血症などの生活習慣病は
母も生活習慣病だった
だから、自分が高脂血症になってもしかたないと
どこか
ご自身の病気は
ご先祖からひきついだものだから仕方ないんだと
あきらめモードになってるのか
自分の病気を正当化しているようにも
思われているのか?と感じることもあります。
生活習慣病のうち両親が高血圧で高血圧になるのは
50%程度。
癌の遺伝の影響は
前立腺癌19%、大腸癌で11.3%、乳がんは11.2%、
肺がん9.9%、胃癌8.3%ともいわれ
癌に対しても遺伝というよりも
生活習慣病であるともいえるでしょう。
実際癌を予防するには減塩
運動、飲酒、禁煙をおこなうことで
40%予防できる可能性もあるといわれています。
だから
病気になりやすさには
病気の遺伝子が関与しているものばかりではないことを
覚えていけないのです。
病気になるのは
病気に「なりやすい」人が
病気に「なりやすい」環境で
病気に「なりやすい」生活習慣を送ることで
病気に「なる」のです。
ということは
病気になるかどうかは
本人のどのように生きるかが
大きな鍵を握っているのです。
僕は
病気を診るだけでなく
ここに至るまでの生き方について
一緒に考えていけたらいいと思います
平安な死
安らかに死をむかえたい
苦しまないで死にたい
と願っている人は多いと思います。
苦しまない死とは
きっと身体的なことではないでしょうか?
孤独な死も望んでないでしょう。
人の温かみの中でその時を迎える。
その瞬間に安心を精神的に感じたいと
願っている人も多いことでしょう。
その願いを
どんな人にも平等に叶えてあげようと
頑張ってこられたのが
マザーテレサの偉業でした。
これらの死の迎え方を
人は「よき死」と考えられるでしょう。
でも僕は
「よき死」として考えないといけないものに
平安な死があると思うのです。
平安な死を
ひと言でいうなら魂の平和をもって
死を迎えることです。
どちらにしても
人々は安心してその時を迎えたいと
いうことでしょう。
誰かが側にいるから安心だというように
安心は横から訪れるのだと思うのです。
それに対して
魂の平和、安心は
横からではなくて
上から来るのではないかと思うのです。
魂が何について平安を感じるかって
神か?仏か?超自然力か・・・・・
人によって違うでしょう。
しかし
魂の平安は上からやってくるような気がするのです。
それは
上から僕のからだを隅々
包み込んでいく感覚でしょうか?
安心は横から「こころ」に
来るともいわれています。
人の死に対する思いは色々あると思いますが
僕は
身体的に痛みがなく
精神的に安心で
魂には平安がある死を望んでいます。
何を食べるか?
人間は食べることによって
エネルギーを得て
この地球で生きて活動することができます。
ですから
何をどう食べるかは
昔からの関心事で
偉い人が様々の言葉を残しています。
例えば、イエスキリストはこうおしゃってます。
「殺した物を口にすると
その死んだ物もまたあなたを殺すことになるから
食べてはいけません。
また火にかけたり、煮たりして
その性質をかえたものは控えるように。
木の果実や畑の作物は
母の生命の炎をそのまま取り入れるので
何を食べてもいい」と。
肉は食べるな・・・てことだけど
現代社会では
少し合わない面もあるけど
この事実を知って食べるかどうかが
からだに影響するのはまちがいありません。
また、江戸時代の木食上人は
肉食を避け、木の実と野菜だけを食べながら
全国を巡り、長寿で仏像を全国に残しています。
その長寿の秘訣の食事方法として
こんな風におしゃっています。
「腹一杯食べるものではありません。
よく噛んで食べてください。
噛めば、水分が増えて
水の天使が体内でそれを
血液に代えてくださいます。
食事は、食欲の天使達に呼ばれるまでは
食卓についてはなりません。
しかし、食事が癖になっているなら
太陽が天に一番高く上がるときに1回食べ
日が暮れてからもう1回軽く食事をします。
すると、あなた方は
もう二度と病気をみることはありますまい」と
現代社会は
からだを作るために
食べないといけないのだいわれて生きてきたけど
これほど食べ過ぎてる時代になったことは
なかった。
今こそ
聖人の言葉に耳をかした方がいい時代に
なったような気がします。
成分に惑わされるな
健康志向の高まりにつれて
からだにいい食品を摂ろう
その食品を食べるのは
その食品に含まれる○○が
△△にいいから理由で
摂取を勧められることもあるでしょう。
でも
その選択、ちょっと待って。
食べるものを考える時
肉や野菜という「食品」と
リコピンや糖分といった「成分」の
2つがあります。
以前は、食品の成分を分析して
この成分がからだにいいことを証明する時代がありましたが
現在では、考え方がすすみ
食品そのものが重要であって
成分はあまり重要でないという報告も
目につくようになりました。
例えば、くだものを例にすると
りんごやミカンは食品だけど
くだものに含まれている
ビタミンCや果糖が成分だ。
くだものに含まれる果糖は
確かに血糖が上げます。
しかし
くだものを丸ごと食べたときは
くだものの果糖を抽出して摂ったときほど
血糖値は上がらないことがわかっています。
また以前βカロチンはからだにいいと言われてましたが
βカロチンは
肺がんのリスク、心筋梗塞のリスクを高めるという
報告もでています。
緑黄色野菜の摂取は病気のリスクを下げるものの
そこに抽出されるβカロチンなどの成分は
むしろ病気のリスクをあげてしまうことも
知っておかないといけない。
昔から
からだにいいものは、
そのもの丸ごと食べられるものだと言われています。
ですから
からだにいいと昔から言われる
野菜、魚など食品を丸ごと美味しく摂取すると
それがからだにいい食べ方なのですよ。
生きてきたように死を迎える
人はピンピンコロリと苦しまずに
死んでいきたいと多くの人が
思ってるかもしれませんが
実際
死のうと思っても
人は死ねるものではありません。
人の生と関わる仕事をしていると
避けて通れないのが死の問題。
人はある意味
死にむかって生きてるし
生きてきたように死んでいくのでは
ないかと思うのです。
ですから
今をどういきるかが大事になって来るのです。
人生は
「集める人生」と「散らす人生」に
分かれると言います。
集める人生とは
お金、物、アイデア、知識などを
集めることが中心になる人生。
散らす人生とは
お金、知識、経験、能力、時間などを
周りの人に散らす人生です。
散らす人生を過ごされた方は
平安な最後を迎えられるような気がします。
散らすものの中で
最も大切な物は時間ではないでしょうか?
人生は時間の集積ですから
時間を自分のために使うか
人のために使うかによって
その人の最後の瞬間がきまるような気がします。
日野原重明先生は
「いのちとは、今あなたがもっている時間のことです。
いのちをもっているということは
使える時間が与えられているということです。
自分が使うことができる時間こそが
いのちであり
それを何にどう使うかということが
生きていくということです
時間の使い方は
そのままいのちの使い方です」
あなたのいのち、
与えられた時間をどのように使うかが
いや使ったが
どのように死を迎えるかということに
なるのだと思います。
魂の痛み~スピリチュアル・ペイン~
人間の感じる痛みは
4つにあると言われています。
1つは肉体に感じる身体的痛み。
2つめは、不安、おそれ、怒り、鬱状態などの
精神的痛み
3つめは、人間関係、仕事関係などで経験する
社会的痛み
そしてあとひとつは
スピリチュアルペインともいわれ
人間がもつ霊性、魂があるから
感じる痛みがあると言われています。
このスピリチュアル・ペインは
魂の痛みとも考えられます。
具体的には以下の質問の答えを
見いだせずに苦悩する苦しみでしょうか。
例えば
①生きる意味への問い
こんなになって生きていてもしかたない
自分の人生って何だったのだろう
こんな病気になって何を支えにいきていけばいいのか
②苦難に対する問い
こんなに自分だけ苦しみのはなぜ?
これらの問いに対する答えが見つからない苦しみ。
他に答えの見つからない苦しみとして
③孤独感
④罪責感
⑤自分以外の人に迷惑をかける
⑥死後の世界
こんな時感じるのが
魂の痛みです、
この魂の痛みには
自分ひとりでは答えが見つからない
自分以外の人に
助けを求めても答えが見つからない
そして
解決するために死さえ
選んでしまうこともある
とても苦しい痛みだと思います。
この苦しみから逃れるために
こころのよりどころになる思いを
もっていればいいのだけど
人々はずっとそれをもちたいと思っている
それが神であり、宗教なのだと思う。
あなたの魂の痛みを救ってくれるのは
誰でしょう?
あなたには神様はいますか?
僕は神様ではないけど
あなたの魂の痛みを和らげることが出来るように
精進したいと思っています。
病気になった時の心構え、あなたは?
人は病気になったとき
病気だと診断されたとき
その診断を聞いたとき
その時の反応は
千差万別だとは思いますが
大きく3つに分けられると思います。
「あきらめる方」
「うけ入れる方」
「育むかた」
がいらっしゃると思います。
この3つに違いがあります。
「あきらめる」というと
マイナスイメージがあります。
しかし、あきらめるの元々の意味は
原因をつまびらかにする。
真相をあきらかにする。から
きているそうです。
あきらかにする→あきらめると変化したのです。
「受け入れる」は
拒むことなく許し、迎え入れることです。
僕も脳出血を経験した後
からだの不自由さを
最初はあきらめてましたが
今は
受け入れて日々過ごしています
あきらめるに比べて
こころにプラスな面ががでてきた言葉です。。
そして最後は「育む」ですが
更にプラスの気持ちが増えてきます。
育むは、もともと
親鳥が、ひなを羽で覆い包む
「羽包む(はくくむ)」が語源で
愛情を持って育てるという感じです。
つまり
あきらめるがマイナス
受け入れるは±ゼロ
育むはプラスになった状態です。
病気になっても
人は生き続けなければならない。
つまり
病気になったときに
受け入れ、その状態を育んで生きていくことが
大事なんですよ。
メタトロンが教えてくれること~病気の源は人の思いが~
メタトロンには
若い人からお年寄りのまで
年齢、性別
そして様々な職種の方が受けられています。
先日来られた方は
神職を職業にされている方。
その方は若いときから
長年にわたって
骨折、出血など
何度も大手術を受けられ
生死の狭間を彷徨ったこともあると言うことで
ご自身のからだについては
細心の注意を払っていらっしゃていました。
が、2,3か月前から
腰が痛くなり、血尿を認めることもあり
かかりつけのお医者さんの他
整形外科、泌尿器科をはじめ
整体、カイロに通うけど
明らかな原因も異常も見つからず
色々手を尽くしても
痛みも改善しないため
わらをもすがる思いで
当院を受診されました。
早速メタトロンを施行しました。
他のお医者さんの診断の通り
骨、筋肉、腎臓、肺、肝臓とも
異常はありませんでした。
ただ、病気を発症するレベルではないけど
やや胃の波動エネルギーが
落ちていることがわかりました。
でも
波動セラピーでをおこなうと
エネルギーは高い状態になるので
やはり
今苦しめている症状とは
関係ないのです。
からだ的には問題なかった。
メタトロンでも
原因はわからなかったかと
患者さんはため息をつきかけたとき
最後にチェックした
からだの状態に影響を与える
感情を見たときに
僕は、ハッとしました。
原因はこれの可能性があると。
その分析には
”同情”の文字がでていました。
いのち第一主義のリスク
僕は医師として働いていますが
医師になる前から
あるべき医師像として
「医師がまず、果たすべき役割は
患者さんのいのちを第一に考え
そのいのちをの灯火を
消さないように努めること」が
医師としての当たり前の使命です
だから、どのような状況であっても
まずは
患者さんのいのちを第一に考え
患者さんのためだと思っても
いのちを危うくするような
医療をおこなわないことが
当然のこととして
教育されそして実践してきました。
でも
いのち一点張りの治療で
いいのか?と
ふと疑問にぶちあたることもあります。
確かにいのちが大切であることに
まちがいはありませんし、
いのちを守るために
いのち中心に考え、全力を尽くすことに
異論はありません。
特に医師としての
職業的土俵にいる限りは
いのち第一のスタンスは
決して忘れてはいけません。
でも、患者さんの
人としての生き方を中心に考えると
いのち第一で
病院で点滴や、呼吸器などや
あれは、だめ、これはだめと
患者さんの自由や夢を描くこと
家族や友人と過ごす
少しでもいい満足な食事をとることも
いのちと同様に
大事にしないといけない価値があることを
忘れてはいけないと思います。
患者さんに対して
いのち第一主義に固執しすぎて
自分自身の医師と使命感だけを
ものさしで考えてはいけないのでは
ないと思います。
患者さんのいのちは
医師のものではなく
患者さんがいのちがあって良かったと思える
命の良さを感じれる生き方ができるように
サポートするのが
いのち第一主義に含まれた
医師の使命だと最近は思うのです。
メタトロンが教えてくれること~病名に怯えないために~
先日メタトロンえお受けられた方は
別件で入院していて
偶然胃癌と診断され
心配や不安が募り受診された。
思いもかけない診断名に
まさに晴天の霹靂で
主治医の先生に
次々に検査の予定を立てられたが
混乱したままで
次のステップに進むことに
納得もできず
現状での検査での外科の医師に
説明を受けることにした。
精査は必要だけど
胃癌の可能性がある。
手術困難な部位にあるので
治療は内科的なものが
中心になるだろうと
説明をうけたようだ。
体感的には
やや体重は減っていたものの
食欲もあり、痛みなどの苦痛もなく
まさに、晴天の霹靂のできごとで
頭が混乱してる上に
とても几帳面な性格の面もあるようで
今の状態で
これから検査治療をすすめ
からだがどんどん疲れ果ててしまうことを怖れ
別の観点からからだの状態を知りたくて
当院を受診し
メタトロンをうける運びになった。
早速メタトロンを受けてもらった。
確かに
胃には破壊性のエネルギーを認め
確かに病変の可能性がある。
ただ、病名を探ると
現段階で胃癌とは言えず、
まだ胃癌の前段階も含まれる
過形成の胃炎だと思われ
胃癌の前段階
胃の治癒力を上げることで
対応可能かもしれない常態とも
考えられた。
更に
全身検索を続けると
一番変化が大きかったのは
脳の状態である。
かなり破壊のエネルギーが強かったからなのか
今は、その破壊のエネルギーの修復する
段階になっていることがわかった。
メタトロン的には
ある意味
脳の方が胃よりも心配の常態だった。
きっと
胃の病変は確かにあったが
それよりも
胃癌という大変な病名によって
悩み、脳が疲れ切って
病名そのものがからだを支配し
病気を作っている状態が
今改善すべきだということを
示していた。
胃の病変を治すためにも
免疫力を自ら高めることは
どんな治療をするにも
必要なこと。
そのために
楽に楽しく、喜びをもって
生きて欲しい。
からだのことは
僕たちがしっかりサポートしてるから
自分の望む人生を生きて欲しいと
自らのからだが言っている気がして
そう、患者さんに伝えた。
すると
患者さんの表情が明るくなり
からだが温かくなってきた
と笑顔で帰られました。
これから
様々な困難なことがあるでしょう。
でも、頭で病気を作らないように
からだの思いを正直に伝えることが
僕ができることなんだと
患者さんの生きていくという決意にも感じながら
見送りました。
