真実の医療」カテゴリーアーカイブ

ささやかなしあわせが健康の源

どんな時に健康だと感じますか?
頭痛、腹痛などの痛みがない時
熱、咳、下痢などの症状がない時
何も苦痛に感じない時ですか?
症状がなければ
健康だと思うかもしれません。
でも
症状がないからといって
健康だとは決していえません
ひょっとしたら
その時、からだは
あなたに苦痛を感じさせないよう
病気に向かわないように
がんばっているのです。
病気に向かっているかどうかなんて
中々気づけないもの
今、健康かどうかって判断するのは
実はとても難しいのです
からだに問いかければ
健康かどうかチェックする
簡単な方法があります。
今日目が覚めたとき
「ああ、よく寝た」とすっきり目覚めましたか?
お腹が空きましたか?
そして
ごはんを食べておいしいと思えましたか?
よく寝て、よく食べて
一日を過ごせましたか?
そう感じれていれば
たとえ病気があったとしても
からだは健康に向かっているのです。
逆に
病気がなくても
眠れない、食事がおいしくない・・・・
と思えるときは
病気に向かっているので要注意です。
朝すっきり目覚めて
おいしいものを食べて過ごすって
とてもささやかだけど
しあわせな時間を過ごしていると
感じませんか?
ささやかなしあわせを
感じて生きること。
ささやかなしあわせを積み上げていけば
こころから健康だと思える
日々が過ごせます

☆吉沢亮氏の運命は

この週末吉沢亮主演の映画「僕が生きている二つの世界」を観ました。
吉沢亮と言えば昨年「国宝」で大注目された俳優さんです。
そこで、今回は吉沢亮氏の運勢について。

彼は1994年2月1日生まれの六白金星生まれです。
もともと出世する星に生まれています。
昨年は隠れ持っていた才能が開花するとしでもあり
映画「国宝」での成功をおさめたのでしょう。
今後も俳優としての地位も高まっていくことでしょう。

今年は昨年と同様
新しい仕事も順調に増えてくるでしょう。
ただ人との交流、交際も増えるため、悩みが増え
特に異性問題が表面に出やすいので注意が必要でしょう。

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脳細胞が入れ替わっても存在しているのは

自分のからだを構成している細胞は
数ヶ月経てば
全く異なる新しい細胞になっている
細胞分裂をくり返すことで
死を迎えるように進化しているのでは?
という話を書きました。

それが事実なら
脳の細胞も入れ替わっている
つまり
「去年の脳」と「今年の脳」は
完全に入れ替わっている。

ここで
脳が入れ替わっていて
こどもの時とは
全く異なる細胞で脳はできているのに
こどもの時の脳とは
影も形も残っていないのに
こどもの時の記憶は
残っている。
これまで学んだこと、経験も
そのままの状態で、今を生きている。

これまで生きてきた
体験、学び、記憶が保たれる限り
肉体は変わっても
自分は自分として存在できている。

そう考えると
僕という存在は
いったい何だろうか?
脳さえも入れ替わっているとしたら
こころってどこにあるのだろうと
自分っていったい誰?
哲学的な問題にぶつかってしまう。

僕が僕であるためには
パソコンように
記憶装置を別の肉体に挿入すれば
また僕として生きていけるのか?
今生きていることは
単純な電気信号なのか?
脳の記憶装置を見つけ
その記憶装置を移植続ければ
人間は不老不死として生きていくのも可能では?
なんて
そんなSFチックなことを
考えてしまった。

でも
記憶自体は曖昧だし
間違って勝手に判断することもあり
決して機械的ではない気がする。
そこに何かが存在しているから
人はロボットではないのだ。
そこに、ひとが生きていく意味があるはず。

その意味を見つける旅は
これからもずっと続くのだ

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生が先か死が先か

人のからだを構成している
細胞は
死の時を迎えるまでは
生き続けてるわけではなく
血液の細胞も、皮膚の細胞も
脳の細胞も
からだ全ての細胞は
ある期間で死に
新しい細胞に生まれ変わっていることが
わかっている。

僕たちは
老いて死ぬのが当たり前だと思っている
この仕組みが少しずつわかってきた、
実は
細胞の核にある染色体の中に
テロメアという部分が細胞の寿命
に関与していることが
明らかになったのです。

テロメアは
細胞分裂をくり返す度に
短くなっていくのです
いわば細胞分裂の残り回数を数える
タイマーのような働きをしている
と考えられ
テロメアがある短さになると
増殖することを止め
細胞の死を迎えることになるのです。

これまで
地球上の生物の世界は
敵地適所で生存できるように
進化を繰り返し
その進化の恩恵にあずかり
人間も新家氏他の生物にはない
高度の文明を手にすることができた。

でも
いま老化も死も克服できないでいる。
それどころか
僕たちのからだの中の細胞には
残りの寿命をカウントダウンする
染色体とともに生きている。
まるで死を迎えるために
我々は生きているのか?

進化を続けるなら
テロメアの内容に
突然変異や、老いることのないように
進化すればいいものを・・・と
考えるのだが
神やサムシンググレイトや偉大なる宇宙の力は
死を迎えることに意味がある。
そのために生きることが重要だと
いうことではないだろうか。

死があるから
僕たちは生きているのかもしれない。
だとすれば
生きる意味も、死ぬ意味も変わってくるのでは?
そう思うのです。

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免疫力でガンに挑む

ガンは
医学が進歩して、
様々な検査、治療が発達しても
まだ根治するに至ってない
文字通り
癌は意志が硬いのか
一筋縄ではいけない
難病である。

19世紀末
ガンの患者さんが
最近に感染し高熱に苦しんだ後
しばらくして
ガンが縮小したことが報告されたことがあった。

免疫力が注目される昨今
がん治療においても
免疫治療法の開発に期待されている。

しかし
ガンの画期的な治療法ができないのは
ガンの発生における
根本的なところを考えないといけないから。

元々
免疫が働くのは
ウイルスや細菌などの
体外から侵入した外来生物に対して
身を守るために働く力。

しかし
ガン細胞は元々は体内の細胞であり
からだの内部で勝手に増殖し、転移し
正常な細胞や組織を侵すという点では
細菌やウイルスと同じ敵ではあるが
ガンは外からやってきたエイリアンではなく
元来は自分自身の細胞であったこと。
だから
自分の免疫が自分を攻撃しないような術を
心得ているから
なかなかガン細胞のみをターゲットとする
免疫療法が確立できない理由である。

だから
ガンが発生した意味を
もっと、もっと深く考えないといけないのでは?
生活、生き方など自分を見つめ直し
暴走した理由を見つけることが
ガンという暴走細胞を止める方法なのだと思う。

総論はわかっていても
各論では、まだ結論に至るのはむずかしい。
ただ今気づいていることは
自分自身をもっともっと愛する生き方に
ヒントがあると思うのです。

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メンタルクリニック

メタトロンを受けられたから
受けられた後
様々な感想をお聞きすることがある。

先日受けられた
女性起業家の方は
「ここのクリニックは
メンタルクリニックでの
治療を受けた気分になります」と。

メタトロンでは
基本的にからだのエネルギー状態を
チェックしています。
平たく言えば
自然治癒力にみなぎってるのか
低下しているのかを
臓器ごと、からだすみずみまで
チェックし
低下しているとことには
メタセラピーという治療を行い
自然治癒力の調整をしています。

このように
メタトロンをしていると
元々人には病気にならないような力
すなわち自然治癒力があることが
目に見て確認することができます。

そして
今エネルギー低下が
起きている臓器は
それだけ自然治癒力を使って
元気に過ごせるように
からだが頑張っている
からだの苦労に気づくことで
これからの過ごし方が変わり
いえ、変わらないと
健康に過ごせないことを
教えてくれているのです。

考えてみると
人間のからだは肉体だけで
できているのではなく
肉体をこころとそして魂の
三位一体のバランスがとれることで
健康に過ごせるのです。

ですから
メタトロンの間
患者さんと様々な話をします。
日々の過ごし方はもちろん
頑張ってること
悩んでいること
うれしかったこと
人間関係まで・・・・
話すこと
口から出た言葉は
全てこれからの生活のヒントになっているのです。

ひと言でも
どんな些細な単語も聞きのがせません。
メタトロン中の全ての言葉は
からだからのメッセージなのです。
改善するためのヒントでもあるのです。

ですから
そのからだからのメッセージを
メタトロンの結果とともに
伝えることで
その気づきがあるので
患者さんのからだは改善し
患者さんによっては
メンタルクリニックと感じられるのかもしれません。

からだを治すためには
肉体を見るだけでなく
こころもそしてできれば魂をも
診ることが重要だと
教えてくれた患者さんのひと言でした。

 

☆今日は今回の衆議院選で大勝した
日本初の女性総理総理大臣高市早苗氏をみてみましょう。

高市早苗氏の本命星は三碧木星です。
彼女は明るく、活動的で感がとてもいいのです。
話すことが得意で、アナウンサーとしてキャリアを始めたのも
運命通り。
そして現在の柔らかで強い言葉巧みな演説ができるのもうなづけます。

ただ一言多いゆえに失敗することもあるので、注意です。
また、デリケートな面もあり、リューマチが悪化しないかも
運命的にも心配な点です。

今年は、高市内閣は、国民の信頼を得て
我が国をいい方向に導いてくれるでしょう。
経済的には上向きになる年になることでしょう

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「あなたは死にますよ」という台詞

医者は、患者さんに生きていて欲しい
そのために全身全霊をかけて
働いている。

でも、患者さんにとって
つらいことにもなるので
治療を拒否される時があります。
そんな時
思わず、「このまま放っておくと、死にますよ」
と強く言ってしまうこともあります。

この台詞
だから考え直して欲しい気持ちから
でた言葉だけど
よく考えると
おかしい言葉なんです。
なぜなら人はいつか死ぬのですから。
(ちょっとうがった考えですか)

もと難しいのは「科学的」という考え方。
今ネットで情報があふれているので
その意見左右されますが・・・

もし、この薬を飲んで多くの人が治っていても
一人でも治らなかった人がいたら
その薬は効果があると言っていいのだろうか?
大多数の人に聞いたとしても
本当にあなたに効くかどうかの保証はない。
そこにあるのは
「確からしさ」という確立の問題なんです。

実際には
飲まなかった人全員を調べて
両方比べないと効果ありと言えないのです。

そして
どんな薬であろうと
どんな格率で効果があるかどうかよりも
あなたに効くかどうか大事。

ですから、医者も
完璧ではないかもしれないけど
今の段階で最高の治療となると思って
治療している。
と言うことは知っていただきたいrというか
信じて欲しい。

そしてお互い信じ合う治療ができた時にこそ
最大の治療効果が現れるのだと思います。

信じるものは救われるのです。

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病気とこころのゴミ

毎日患者さんと向き合ってると
みなさん
「早く病気を治したい」
「健康になりたい」と
思われているのですが
時々
病院に来たら安心できるので
来られてるのでは?と
思う方もいらっしゃいます。

症状があるとき
どんなに検査をしても
悪いところが見つからないのです。
想像力を働かせ
患者さんの気持ちになって考え
患者さんが元気になるようにと
薬をだしたり治療するので
患者さんは安心して帰られるのですが
時間が経つと
また同じ症状で来院され
どうにかしてくり返さないように
患者さんと向き合っています。

そんな時
こんな風に感じることがあります。
この患者さんは
病気であることで
バランスをとろうとしているのでは
ないでだろうか。

人間のからだは
肉体だけでできているわけではなく
こころも大きく関与しています。
肉体はこころの結晶体です。
こころの影響が
肉体にも、いわゆる症状として現れるのです。

つまり
こころの中の
マイナスエネルギー
不安、悲しみ、怒り、恨み、不平不満などの
こころの塵がこころのなかに溜まり
その感情を
からだはわかってもらいたいので
症状としてあらわれ
そのこころの苦しさを
わかってもらおう、治そうとして
病院を受診されるのでしょう。

わかってもらえるまで
こころの塵がなくなるまで
同じことをくり返すのでしょう。

ですから
我々医師は
症状だけを診るのではなく
その奥の真の苦しみに手を差し伸べるために
日々努力しなければいけないのです。

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病気は悪なのか?

これまで医学では
病気は悪、死は敗北である。
人の人生は
死と共に終わりその後は
無に帰する
という考えを根本ににして
発展してきた。

現代の死生観のみならず
疾病観、身体観が
人々の生活のみならず
生き方にも影響している。

その考え方が
これまでの文明の発展の
根本であった。

死で全てのものが無になる。
というのは真実である。

無というのは
どういうことだろう?
無の捉え方次第で
人生の歩み方が変わってくると思う。

無というのは
なくなってしまうと
考えると無くしてはいけないと
思ってしまうが
無とはなくなるのではなく
全てだと考えられないだろうか?
無はゼロ、ゼロは全体、源とも
考えられる。

そして終わりとは
新しいはじまり、出発だと考えると
死は
新しい生への通過地点、乗換駅であると
考えられないだろうか?

それを踏まえて
医師としての使命を
改めて考え治してみると
病気をただ治すだけが
目的ではない。
患者さん自身の体の声、心の声をきいて
自分自身の本当に歩みたい人生を
歩めるようにしてあげることが
真実の医師の使命だと思う。

病気などの
人生に起きた苦難や試練を
悪として捉えるわけではなく
ギフトに変えること。
そこに気づき
心身の健全度をあげ
次のステージに迎えられるように
目の前の方をサポートすること。

人間は
自分ひとりでは生きていない
自然とのつながり
自分以外の人々のつながり
そして
何よりも自分自身の魂とのつながりに
気づいていけるように
サポートすることが
医師の、僕の役割だと思うのです。

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食べたいものを食べる

世の中は情報があふれています。
食べるものについても
おいしいものだけでなく
この食材がからだにいい、悪いなど
消費者のこころを揺さぶる
情報が増えます。

でも
不思議なことに
情報にもはやりすたりがあるのか
いつのまにか消えていく
情報も多々あります。

食事についての基本は
「食事はおなかがすいたとき
からだが欲しがるものを食べ
嫌がるものは食べない」です。

からだは
必要なものを敏感に嗅ぎ分ける
力があります。
そして、さしたる理由もないのに
「今、サラダが食べたい」
「甘党じゃないのに、甘いもの食べたい」
「さっぱりしたものが欲しい」など
不思議といつもと違う食を
欲しがることはあると思います。
その感覚を気のせい、たまたまでなく
大事に受け取って欲しいのです。

レストランで出てきた料理を
目の前にして急に食欲がなくなった。
食材に不安を感じた。
一口食べて、一瞬不安を感じた
などのご自身の感覚を
大切にしてもらいたいのです。

あれはダメ、これはダメと言い始めると
食べるものがなくなりそうと
不安におもうかたもいらっしゃるでしょう。

知ると知らないとでは
大違いなのです。
情報はよく知っていて損はありません。
よく知った上で
こだわりすぎないようにすればいいのです。
食べたいものを食べ
楽しいひとときを過ごす。
これは人生の楽しみであり、喜びにつながります。

こだわりは
生命エネルギーの流れを悪くします。
気持ちの持ち方ひとつで
影響を受けたり、受けなくなったりします。

自分のこころのバランスを整えることを
日頃から心がけ
天地の恵み。料理してくれた人に感謝し
おいしくいただくことが
もっとも大事なことなんでしょう。

☆満7,16,25、34、43,52、61、70、79,88,97、105歳の方
今日は周りに気を取られずに
真面目に過ごすのが吉です

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自然な死に時

パプアニューギニアには
呪術医療が盛んで
それを行う医師を「ウィッチドクター」と
呼ばれているらしい。

その医師の治療を実際に見た
医師によると
診断は先祖伝来の木片の上に載せた見ずに
訊ねて診断していたそうです。
実際に肘の痛みで診療を受けた人は
「悪い血を吸い取る」という治療で
症状を改善させたという。

けがや東洋医学では於血と言って
血の滞りを疑うので
診断はあながち違うとは言えないようだけど。

また、呪術医ナンバーワンと呼ばれている医師に
「死ぬ時がわかるか」と訊ねると
自信を持って「わかる」と答えたそうです。
「どうやってわかるのですか?」
その答えは
「歯が抜けて、目が悪くなって、
足が弱くなって歩けなくなった時だ」と
答えたそうです。

その答えを聞いて
日本なら
歯が抜けたら入れ歯を作り
目が見えないなら老眼鏡、白内障の手術
足が弱っでも、乗り物に乗って、車椅子や杖を使って
移動できます。
だから、このような状態になっても
日本人は死を予感することはないのです。

でも、実際は
明らかに生きていく力をなくしていて
死に近づいているのです。

医学の進歩で、老化現象が改善されたのはいいことだけど
それによって
近づいている死までが
遠ざかっているような感覚になることが
現代人の死の恐怖を増すことになっているのだと思う。

人間が元々自然の生き方をしていれば
死さえも自然にうけいれられるように
なっているのかもしれません。

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