「真実の医療」カテゴリーアーカイブ
禊の時
誰にでも
生きている間には
山あり、谷あり
必ず節目になるときがあります。
病気になったり
仕事がうまくいかなかったり
人間関係でつまづいたり
人生いい事ばかりでなく
様々な悪いと思われることも
起こります。
そんな時
昔から人々は
「禊ぎの時」と考え
神社で手を合わせたり
お墓参りをしたり
人によっては
滝に打たれるなどの
荒行をされることもおられました。
そして
現在も世界全体が
コロナウイルスの感染で
禊ぎの時を迎えいると
考えられます。
実は
困ったことが起こった時
禊ぎの時こそが
自分自身を知り
自分自身の運命を上昇させる
チャンスなのです。
困ったことがあると
手を合わせ、目をつぶり神に祈ったり
集中して荒行をするは
自分自身を見つめ
自分自身と対峙することで
自分の心のなかにいる
自分自身に内在する神と
語り合うんです。
自分自身と向き合い
自分自身に内在する神と出会うことは
運命を好転させる
チャンスなのです。
ですから
人生の節目の時期に
「なんで私がこんな目に」とか
「なんてついてないんだろう」と
嘆いてばかりで
逃げていては
運命は好転しないんです。
僕も
病気をしたことで
それまで
細切れにしか
考えられなかったことを
たっぷり時間があるので
考えることができました。
自分自身と向き合い
自分自身と語り
内在する神との存在も知り
あらたな人生を
出発することができました。
禊ぎの時を迎えたときは
不平不満を言っても
何も変わりません。
そして
何も得ることのない一生を送ってしまいます。
病の時は
禊ぎの時です
運命を変えるチャンスを
逃さないで下さい。
逃げないで下さいね
病気なんか怖くない
朝晩は冷えても、昼間は温かい
過ごしやすい
季節になってきました。
自然は
四季が毎年訪れてきて
それぞれの季節の恵みを
僕たちに届けてくれます。
でも
僕たちの生活環境を
見てみると
自然に抵抗するかのように
冬でも暖かく
夏でも涼しくして
過ごしています。
食べ物に対しても
季節限定の自然の恵みなどお構いなしに
いつでも、どこでも
日本中、世界中のものを
お金さえだせば
いつでも、どこにいても
食べることができます。
僕たちの生活は
自然の流れに逆らって
過ごしています。
実は
僕たちのからだも
体全体で
暑いときには暑さを
寒いときには冷えを感じ
暑いときは
からだの熱を奪う食べ物
寒いときは
温める食べ物を食し
自然の流れに合わせて
これまで暮らしてきたはずですが
暮らし方の変化によって
からだは、まだ
その変化について行けてないような気がします。
だから
現代人は
冷え性、頭痛、だるさを訴えるひとが増え
アレルギー疾患、うつ病、不妊などに
悩まされている方も年々増えてきているのも
自然に抵抗した
生活様式の変化にも
その一因があるような気がします。
僕たちが住む世界には
全て陰と陽の二つの面をもっていて
陰と陽が
バランスをとることで
健康に過ごせると考えられています。
暑い陽の時には
陰性の物を食べて
寒いときには
陽性の食材をとることで
バランスをとって
過ごしているのです。
ですから
物があふれる時代だからこそ
しっかり
自然の流れを考え
食材を選ぶ必要があります。
例えば
玄米がいいと言っても
からだが陰性のひとにはいいけど
陽性の人には
取り過ぎると害になってしまうことになります。
最近の健康ブームで
食に対する極端なこだわりを持ち
実践される方が増えています。
自然に逆行するような
極端なこだわりは
そのものがどんなにいいエネルギーを持っていても
あなたにとっては毒にしかなりません。
こだわって
自然に逆らって生きていくより
寒いときは寒い時を楽しみ
暑いときは暑さを謳歌するような
自然を満喫する生活をすることを
お勧めします。
人間も
自然の流れで生きていくことが
何よりもしあわせなことです
気を高める生活とは
人間も動物も全ての生物は
肉体だけで生きているわけではない。
こころも生命力という見えない力、エネルギーがあってこそ
すべての生物は生きていけると思っています。
そして
その生命力は
すべての動物が持っている脳幹にあると思っています。
ですから
健康的に、しあわせに生きていくために
この脳幹部分にしっかり働いてもらう必要があるのです。
脳幹部分をよりよく生きていくためには
常日頃からの努力・精進と
まともな行の2点に尽きます。
その努力、精進、行とは
①ギラギラした欲深い心を起こさないようにする。
欲深い心とは
憎む・嫉む・羨む・怒る・心配する・不平・不満・咎める
疑う・迷う・呪う・いらいらする・せかせかした気持ちでしょう
そして
②いつもプラス思考で、楽しく、おめでたく過ごすこと。
③何事に対しても感謝と畏敬の念を忘れない
④常に正しい言葉だけを津会うようにする。
人にダメージを与えるような言葉を決して使わない
⑤毎日、瞑想、座禅、ヨガ、気功、神社、お寺の参拝などを行い
脳の働く場所が確実に変わるような行うとよい
⑥こころが常に純粋でシンプルであること。
あと食生活を気をつけることができれば
毎日しあわせに過ごせることでしょう
薬より大切なこと
人は
病気になった時はもちろんだけど
病気を予防するために考えた時
薬やたべもののことをまず気にします。
日常の診療でも
みんな薬を求めて受診される
だから
薬が飲まなくていいよと言うと
喜んでもらえるかと思うけど
実際は不服そうな顔をされる方が多い。
僕は
病気を治すためには
薬だけではなく
薬よりもっと大切なことがあるということを伝えたい
プラシーボ効果という言葉が
医学界にはあります。
それは、たとえ偽薬であっても
服薬される患者さんが
本物の薬であると信じて服薬すれば
実際効果があるというが経験されているのです。
同じ薬を飲むにしても
仕方なく渋々飲むのと
「これはすごくよく効く」と
前向きな気持ちで服薬するかでは
治療効果に大きな差が出るのです。
このプラシーボ効果は
人間のからだが持っている
自然治癒力の働きで説明することができます。
いい薬だ、この薬を飲めば絶対治るなど
より強いイメージや信念を持って服薬すると
免疫の中枢器官である間脳が刺激され
間脳の働きが活発になリます。
その刺激が神経系に情報伝達されると
血液中のリンパ球が強化され
病気に対する免疫力が高まって
従って
自然治癒力も高まると言うわけなんです。
人間には
生まれたときから
元々備わっている自然治癒力があります。
その生まれつき持っている
自然治癒力のパワーは
自身が考えているより
はるかに強力で
どんな難病でも治すだけの力があるとも
言われています。
その底知れない
自然治癒力をひきだせるのも
自分自身しかないのです。
治りたい、なおるなど
その病気に打ち勝つんだという
強い気持ち、信念をもち
心の底から
自身のもつ自然治癒力を信じることでしょう。
僕も入院したとき
絶対治る、これまで通りの仕事、生活をすると
と思ってましたし
それが現実になったのは
薬ではありません。
自分自身の力
すなわち
自然治癒力のたまものなのです。
この世には
プラシーボ効果が存在します
つまり
自身のもつ思いやイメージが強ければ
奇跡を起こす力が
誰にも備わっているのです。
善・悪を作ったのはあなた(人間)
善・悪をつくり、判断しているのは
神でも、仏でもなく
人間の都合によって作られた基準による。
たとえば「水」について。
水は人だけでなく全生物にとって
生きていくためにとても大切なもの。
水がないと生きていけないから
暑いときはしっかり水分をとるように
心がけ、脱水症を予防します。
水がないと死んでしまうことは
誰もが知っている常識なこと。
でも
台風が来たり、大雨がふって
川が氾濫したり
津波がおこって災害をおこすと
途端に
水は恐怖の源になって悪とも思ってしまいます。
けれど
どんな状況でも
水自体は、善でも悪でもない。
善・悪を決めているのは
人自身の判断、
人の心だということになります。
そして「死」についても
人は悲しい、怖い、
死ぬのは嫌だと思っている人も
たくさんいらっしゃいます。
でも、もし生まれ変われることができる(輪廻転生)
があると考えれば
死は単なる通過ポイントであり
別に悲しいことではなくなりませんか?
このように
死を恐れたり、憎んだり、悲しんだりする
心の動きが
あなたの生き方を制限しているとは
思いませんか?
暗い気持ちになると
暗い波動(エネルギー)を生み出し
最初はあなたひとりの
ちょっとした暗い気持ち、エネルギーが
人から人に伝わり
負のエネルギーが集積することで
自然界にも大きく影響するように
なるのです。
この宇宙が成り立っているのは
すべて
今生きている
この地球で生活している
人間を始め全ての生物のエネルギー
波動でできあがっているのです。
ですから
あなただけの価値観
善・悪だけで行動することが
あなたの持っている波動エネルギーを変化させて
そのエネルギーはあなただけでなく
周りの人にも影響し、集積し
地球をそして宇宙全体をも変えてしまうことを
知っておかないと行けないのです。
あなたの心が落ち着けば
周りの人々の心もおちつき
やがて
地球全体そして宇宙全体が
やさしいエネルギーに包まれるのです。
世の中には
様々な規則、法律、決めごとがあります。
社会生活をする上で
ルールを守ることは大切なことです。
でもそのルールは
絶対ではなく、人が決めたことであると自覚し
人が決めた善・悪は絶対ではないことを
心にとめ、縛られることなく
心(魂)を磨いて生きていくことが
大事なのではないでしょうか
牛頭大王
なにか困ったことがあると
神社に行こうと思われる方は
多いでしょう。
そして
初詣など
お願いするときにも神社に行こうと
思われることもあります。
どの神社に行こうかと
決める基準は何ですか?
近くて、人気があるから御利益がある
天満宮は菅原道真様だから
商売の神様がいらっしゃるお稲荷さんだから
など基準があることでしょう。
そう、神社ごとに
いらっしゃる神様が違います。
力の違いというか
観てくれるポイントが異なるので
まずはその神社の由来
そして
その神社が祀ってる神様
いわゆる御祭神を知ることで
手の会わせ方も異なるでしょう。
それと
神社にいらっしゃるのは神様
お寺にいらっしゃるのは仏様。
神様は生きている人を導く
仏様はなくなった人を導いて下さる。
いわゆる
いらっしゃる世界が異なります。
ですから、神社のお参りは
裳に服している時期には参拝しては行けないのです。
最近牛頭天王という神様が
いらっしゃることを知りました。
牛頭天王とは
神様でも仏様でもない存在らしいです。
お役目は、魔を祓っていただける方です。
困ったことが起こるときには
牛頭天王様にお願いするのがいいのです。
牛頭大王に会うためにはどこに行けばいい?
どこを観ればわかるの?
実は、どこにも書いてはありません。
わかる方に教えてもらうしかないのです。
僕は桜井識子さんの著書で勉強させてもらっていますが
彼女でもいらっしゃる神社は数社しかご存じないようです。
有名な神社では
京都では八坂神社、今宮神社のようです。
そんなこと、どこにも書いていないですけど
魔を避けたい方、払い方は
京都に行かれた場合は
是非この二社にお参りしてみて下さい
ビタミンF
今日は医学的なことではなく
最近読んだ
重松清の直木賞を受賞した
本のこと。
重松清は
山口高校を卒業したことを
何かのきっかけで知り
それまではテレビドラマ「とんび」を観て
感動して
男目線、こども目線など
他の作家とは視線が違って
いるような気がして、読んでみたい作家だったけど
なかなかどれからということがわからず
図書館でこの本が目についたので
手にした。
感想は
今読むべきの本
50台となり
悔いのない青春時代を過ごし
結婚し
こどもにも恵まれ
これから、少しずつまた
自分自身の人生に戻っていく時期に
この本に出会い
世間の父親がどのようにいきていってるのか
その姿が
生々しく迫ってくる。
色んな過去がある
家庭のドラマの主人公として生きてきた人生。
家庭の意味を考えさせられる。
作者は家庭とは
みんながそこから出て行きたい場所なんだという。
確かに
こどもの時は
ずっとコノ家庭に甘えてはいけないところ
と理由もなく思って
独り立ちの準備もした。
こどもも、ずっといたらいいのに
同じように誰に教えられるわけでもなく
独り立ちしようとしている。
そんなことができるのは
家庭がその人のしあわせしか願っていない場所だから
中にいるとでたくなり
例え出て行っても、いつでも迎えられる
そんなしあわせな場所が家庭なんだ。
でも、それは僕の経験上だけのことでなく
誰でも、どこの家庭でもそうなんだということを
この小説はおしえてくれた。
ビタミンFのFは
family father friend,fight,fortuneなどの
頭文字。
なるほど
今のしあわせの場所について
考えさせてくれるチャンスをくれる
とてもいい作品だった。
次は何を読んで
僕に何を教えてくれるだろう。
東京大神宮
セミナー会場近くにあった
東京大神宮にお参りさせていただいた。
この神宮は
お伊勢参りに中々行けない江戸の方のために
明治天皇が
ここにお伊勢の神様をお祀りしたのが
はじまりだとか。
だから御祭神は
天照大神、豐受大神、造化の三神がお祀りされてるのです。
御利益は
縁結びだとか。
だから結婚式が行われたり、女性の参拝が多いとの
情報もありました
僕はもう恋愛のご縁は必要ないけど
仕事も、遣りたいこともある意味ご縁だし
中々お伊勢さんには行けないので
これをチャンスだと思い早起きしていきました。
朝の神社は空気が清々しくて
好きなんだけど
本殿にお参りしても
なんだか、がらんとした感じ。
神様はいるのかな?
そういえば
ここの神様はお伊勢さんから来られる
と聞いたことがあるので
今はいらっしゃらない時間なのか?
それにしても
大都会のど真ん中なのに
空気が澄んでる。
大きな木(御神木?)の側に
人の目からつかないように
大理石のテーブルと椅子があったので
そこに座って、本とは行けないかもしれないけど
軽く朝ご飯を食べて
清々しい気で充電していた。
そろそろ、セミナーにいく時間なので
最後にもう一度神様にご挨拶と思い
本殿にむかうと
太鼓の音がする
どうも神主さんも、巫女さんの始業の合図のようだ
そして参道に全員一列の並び
誰かをお迎えするように手を合わせている。
僕も参拝できたお礼のご挨拶と
本殿に手を合わせると
明らかに先ほどの空気と違う
重さがある感じ。
そして、身体中がぽかぽかしてしてきた。
参拝が終わり
おみくじをひくと・・・大吉でした。
そして帰ろうとすると
花嫁さんと花婿さんとご家族との記念写真が
境内で行われるのに遭遇。
何だか自分まで
しあわせをいただいた気がした。
そして
東京大神宮の神様に確かに出会えた気がした。
また東京に来たときには
お参りをしたい神社です
医療は何のためにあるのか
中村哲先生のドキュメント映画を
観てきた。
アフガニスタンにおいて
灌漑事業を行い
医療とともに多くの
何百万人という人々の命を救った医師。
その活動を観ていると
かつての
空海さんの姿が重なってみえる。
哲先生は残念ながら暗殺され
志し半ばでなくなられたけど
今先生の魂を偲ぶモスクが建てられ
哲先生は空海さんのように
アフガニスタンの聖人の道を
歩まれているのだと思う。
この映画は
遺された哲先生の言葉と映像が
全編に流れ
医者としての哲先生が僕に話しかけてくる。
僕が
知識のない感慨事業をしたのは
水がないと、人の命はあっという間に
亡くなってしまう。
病院に行くのは待てる
でも水は命を保つためには
一刻を争うのだ。
そして
現代の医療は寿命をただ
伸ばすことに力を尽くすが
本当はその命をどう使うかが
大切なことでは、ないだろうか?
いのちを扱う
現代医療に携わるものに対して
一石を投じるものだ。
そして
哲先生の思いは
今の全世界にも向けられている。
先生が灌漑事業をはじめたのは
ブッシュ大統領が、テロとの戦争をはじめた
丁度その時。
アメリカはテロ撲滅という大義名分のもと
アフガニスタンにどんどん武器を送り
アフガニスタン市民の生活を奪っていっていた。
先生は
平和のために武器はいらないと
仰って灌漑事業を始めた。
現代社会をみてみると
ロシアとウクライナの戦争まっただ中。
アメリカを中心に
ウクライナにどんどん武器を送り
それによって
ウクライナの街も人々の生活も
ボロボロになっている。
先生が感じた
アフガニスタンの状況と何も変わっていない。
大義名分という人のエゴに対する
警告を僕たちに投げかけてくれている。
本当の医療の目的とは
真の平和のために何をすべきかを
哲先生は僕たちに訴えている。
ユートピア
日本の長い歴史の中で
日本が平和な時代だと言われるのは
縄文時代と江戸時代だと
いわれています。
当時の状況を自分の目では
確認することはできないけど
江戸時代末期、外国から江戸に訪れた人が
「まるでユートピア」という言葉が残っています。
どんな光景をみてそう思ったかというと
街並みは素朴だけれども
一枚の絵のように美しく清潔で
男も女もみながしあわせで満足そうに見える
こどもたちは目を輝かせ
底抜けに陽気で、よく笑い、親から愛され、
なんの不満のないように感じると
「日本ほどこどもを大切にする国はない。」
「貧乏人は居るけど。貧困なるものは存在しない」
と書き残している外国人もいます。
それが、明治時代になり
西洋文化が日本国に入ってきて
これまでになかった知識、芸術、教育
そして価値観によって
世界の一員として生きる道を
日本人は選びました。
確かに
日本は豊かになりました
食べることに困ることもなく
生命の危機にさらされることもなく
生きられるようになりました。
何不自由もない時代になったようにみえますが
日本人は本当にしあわせになったのでしょうか?
周りを見ると
からだの不安、こころの不安
今を、未来を満足していきているひとが
どれだけいるでしょうか?
ものにあふれた生活が
しあわせなのではないということに
気づかないと行けないのでしょう。
まずは食生活を見直す必要があると思います。
江戸時代の食事の特徴は
①冷蔵庫がないので、
旬の食材を今日食べる分だけ買う
→新鮮、栄養豊富、エコ
②燃料費が高いので、料理に時間をかけない
→栄養を壊さないに、時短レシピが多く簡単
③料理法は切る、焼く、煮るがほとんどで
油を使わない
→ダイエットに良い、ヘルシー
④4つ足食の禁止されていたので
肉を少量しか食べなかった
→ガン予防、胃腸にやさしい。
食生活だけを現代と比較しても
現在便利になって、SODGsのような
注意点など、昔の生活を見習えば起こらなかったこと。
人間が望んだ、良きと思って発展した文明が
実はよくことを壊していたなんて
どこか皮肉ですね。
日本には温故知新ということばもあります。
現在の
ものにあふれた時代になって
大切なものを失っていたものを
取り返さないと行けない時代になったんでしょうね。