「真実の医療」カテゴリーアーカイブ
あなたは何で死ぬことを希望されますか
あなたが、もし
「何で死ぬことを希望されますか?」と
聞かれたなら
あなたはなんと答えますか?
ピンピンコロリと逝きたい
眠ったように逝きたい
あっという間に逝きたい
長患いは嫌だ
・・・・・・・・・
色々な答えが返ってきそうです。
僕の答えは
「考えない。」です。
なぜなら
どのように死ぬかなんて
自殺は別として
希望したとしても、
その通りに死ねるとは限りません。
これは死ぬことだけでなく
大体この世の決まり事として
思い通りにいかないのが世の常。
だから
願いにしがみつくよりも
今起こったことを受け止めるしかない。
受け止めることが大事なのです。
だから
今起こってもいないことを
色々考えても、何の解決にもならない。
そんなことで時間を無駄にして
効率の悪い生き方になりませんか?
だから
ありたい死に方なんて考えないに
超したことはないと思うのです。
血糖値の乱高下に注意
世の中には
美味しくて甘い物がいっぱい。
次から次に新しい物が出てくるし
とても幸せな気持ちになるけれど
甘い物には注意。
空腹時に
いきなり糖分の多い、甘い物を食べると
血糖値が跳ね上がる。
血糖値が跳ね上がると
これに反応してからだは
血糖値を下げようと、
インシュリンが過剰に分泌され
そのために低血糖におちいるリスクがあります。
甘い物を取り過ぎると
低血糖状態が慢性化してしまいます。
低血糖状態が続くとどうなるでしょう。
からだの中で糖分を一番利用するのが脳です。
ですから、低血糖状態が続くと
脳の活動が低下し
やる気、好奇心、集中力、思いやり、発想力、忍耐力、記憶力などが
低下してしまいます。
ですから、甘い物の誘惑に負けてしまうと
人生が全く違ってしまうのです。
患者さんの意味
病院に行くと
「患者さん」と呼ばれます。
「患者さん」を英語で言うと
「Patient」耐える人
つまり
患者さんは、耐えるために
病院に来ているのでしょうか?
病院にいくのは、
病気やけがによる肉体的・精神的苦痛から
解放されたいからじゃないのでしょうか?
患者さんは
耐えられない苦しみから
解放されていることを望み
僕の目の前に座ってるのです
医者である僕は
目の前の患者さんの
苦しみをとるように
依頼されているのです。
だから
苦痛がさらに増すようなことは
それが現代最高の治療だとしても
簡単に施してはいけない。
患者さんが
何から解放されたいのか
苦しみの本当の原因を
知らなければ医療は始まらない
そして
耐えている苦しみから
完全に解放するために
全身全霊を込めて力を尽くすのが
医師としての使命だと思う。
本物の医者とは
世の中には医者不足だといわれていますが
350万人といわれています。
この数字が多いか少ないかは様々な意見が
聞こえてきそうですが
人口1000人あたりの医師数は2.4人
この数は世界32位チリ、メキシコと同じ数です。
ちなみに、医療の充実しているスウェーデンは4.1人です。
そして
日本は医師の専門医制度が進んでいるので
患者さんが受けたい治療をしている医師は
意外に少ないことになります。
でも
少ないなりにも
医師はそれぞれの理想を掲げて
精進しています。
僕が目指す、医療のゴールは
「病気をしないためには
どう生きればいいか」ということ。
例え病気があったとしても
死ぬまで明るく元気に生きる生き方を
伝えたいと思っています。
だから
例え病気になったとしても
「治してあげるから
安心して僕の所に来なさい」と
胸を張って言いたいのです。
病気に感謝
病気になって5年が過ぎましたが
僕の生活は
病気する前と
同じようにできるようになり
できるのは
リハビリのおかげであることは
間違いありません。
しかし
病気の前後と全てが全く同じというわけではありません。
どうして
治った部分と
治らなかった部分がでてきて
しまったのでしょうか?
それは
僕が今生きていくために
必要なことは
回復できることができ
改めなくてはいけなかったことを
学ぶために
完全回復できなかったのかなぁと
思ったりします。
一番異なることは
ひと言で言えば
走ったり
ある行動をするときに
どうしても今までよりも
時間がかかってしまうことでしょうか?
走れなくても
一歩一歩歩くことが
大事なんだと言うことに
気がつきました。
振り返ってみると
それまでの自分は
忙しく、走り回るのが
いいことだ、
時間は自分で作って
働き、色んな会にも参加してました。
でも
生き急いでいたことを
教えてくれたんですよね。
今回の病気で
一歩一歩確実に
今日会った人とじっくりと
向き合える時間
そして
魂と魂の交流をするべく
生きていきなさいと
教えてくれた気がします。
気づきを与えてくれた病気に
今は感謝の気持ちです。
病気の本質とは
今苦痛の状態にはない
苦しんでる症状がない
苦しみを感じないからといって
健康だと言えるだろうか?
苦痛がなくても
健康でないことは多々あります。
なぜなら
苦痛を感じるのは感覚です。
もし感覚が麻痺していたとしたら
病の状態にあったとしても
苦痛を全く認識することはないのです。
このように
症状のあるなしで
病気であるかどうかを判断するのは
リスクがあると言うことです。
症状とは感覚が感じる
異常状態だと言うことになります。
つまり
からだの中に発生した
病気の源(病毒)に抵抗するために
存在を知らしめるサインです。
もしこのサインを感じる感覚が
麻痺していたとしたら
病気であっても、感じなく過ごすことで
どんどん病気状態が進行することになります。
健康な人は
病気のサインを受け取れる力が
ある人とも言えます。
逆に
健康でない人は
病気に対して正しく抵抗する感覚が
まず最初に麻痺していくのだと言うことを
知らなくてはいけません。
実は
病気だと思っている症状は
病気の本体そのものではなく
病気から発生した毒に対する
からだの反応であり
病気本体に抵抗するからだの反応だ
言えるでしょう。
例えば
熱が出るのも
体内に侵入した病毒に対して
免疫力を上げたり
抵抗しているからなのです。
この時に
解熱剤を使って
強引に熱を下げようとしたならば
病気に対する抵抗力が落ちるのは
自明なことではないでしょうか?
症状も含めて
からだに感じた感覚は
全て我々に何かを知らせようとする
サインなのです。
症状が起こったときに
一体からだに起こってることを
考えることが大切です。
医者のように医学的知識がないから
無理と言われるかもしれません。
からだの仕組みは知らなくても
あなたのからだは
あなたにしかわかりません。
どんな名医でも
あなた自身の全てを知ることは無理です。
あなたが
自分のからだと対話しようとすることで
必ず
からだ自身がその問いに答えてくれるはずです。
僕も医者として
あなたのからだの声を聞くお手伝いを
させていただくのが
僕の使命だとも思っています。
生きているから病気になる
人間は死ぬまで生き続けます。
人間は、元気で長生きできるように
生まれてきていたとしても
人生の中で
全く病気をしな買ったという人は
ほとんどいないでしょう。
それは
病気にも病気なりの意味がある。
もっと言えば
病気になったから
その後も生き続けられるのかもしれません。
病気になったことで
これまでの生き方を
反省する機会をもらい、その後の生活を
改善することができるのです。
もし病気にならなかったら
悪いことに気づかないまま
死んでしまうかもしれません。
過剰なストレスで
からだの不調を訴える方もいらっしゃいます。
もし、不調がなければ
からだの不調は進行してしまうでしょう。
ですから
生きているから病気になるし
病気に大きな意味があることを
忘れてはいけないのです。
便利なものも使いようによっては
現代は色々便利なものがあるけど、
全てがいいことばかりに使われてるわけじゃない。
例えば、インターネット。
いつでも、どこにいても情報も見れるし、買い物もできる、
色んな人とも交流ができる。
でも、必要のない情報に振り回されることがありませんか?
子育てで悩んだ時も、ちょっとインターネットで調べれば
色んな事を教えてくれます。
でも、調べれば調べるほど情報の渦に巻き込まれて、
ちょっとした悩みだったのが、大きな恐怖となってしまって
クリニックを受診される方も少なくありません。
悩んだ時、情報の渦に巻き込まれないように
確かな情報を提供するのも現代小児科医の使命。
そこで、日々の診療や生活で感じたことで、
今後多くの方が迷わないための子育て情報を
今後発信していきたいと思ってます。
これからも、よろしくお願いします。
☆ 今回初めて本物の刀を持たせていただきました。
その本物の重厚感に身体が震えました。
病院こそパワースポットであれ
病院は、元気になるところ
痛みや苦しみを
とる場所のはず
でも
病院は
元気になるところ
楽しくなるところ
などと思ってる方は
案外少ないのではないでしょうか
医師の帯津良一先生は、
病院には”悪い気”が流れているところがある
とおっしゃっています。
確かに、
病院はいろんな方の
苦しまれた、つらい思いをした方の
悪い気があるところがあるかもしれません。
人が元気になるためには
元気の素
元気のエネルギー
すなわち
“いい気”が必要です。
“悪い気”の中にいたら
元気にはなれません。
帯津良一先生も
病院の場のエネルギーが高くないと
患者さんは良くならないとも
おっしゃられています。
神社仏閣などの
パワースポットと呼ばれるところは
”いい気”のエネルギーが
流れているような場所なので
多くの人が元気になるのです。
パワースポットは
”癒やしろ地”とも呼ばれています。
病院は
多くの人が訪れ
元気をもらえるところ
癒されるところのはずです。
病院とは
こころが通いあい
温かい魂を触れる場所
そして
心から癒やされる
元気がでる
現代のパワースポット、”癒やしろ地”で
あるべきだと姿と思うのです。
☆昨日は、ナチュラルメディカルセンターの上棟式でした。
猛暑の一中式が始まり、神主さんが祝詞を奏上された時
心地よい風が吹いてきました。その瞬間暑さを忘れ
みんなが uh元気にそしてしあわせになる
”癒やしろ地”になるよう、努力をすることを誓いました。
病気になって知った魂の役割(8/22、8/23は臨時休診)
時代はどんどん変化していっています。
昭和、平成そして令和になり
ただ単に日本の元号が代わっただけでなく
日本だけでなく世界も
もしかしたら
地球全体のの空気が代わった気がします。
令和の令は
零=ゼロとつながっており
いろいろなことが
変化する時代に来たということを
知らせてるのでしょうか?
そんな令和の時代になって
自分は病気になりました。
病気になったことで
自分と向き合うことができ
今の自分の気持ちだけでなく
これまでの自分の生き方
気持ちを整理する機会をもらいました。
これまでの頑張りの原動力になっていたのは
好き嫌いがベースにあった気がします。
好きなものは
今の自分に必要なもの。
嫌いなものは
今の自分に必要のないもの
と言う風に考えていたかもしれません。
でも
よく考えると
好きになる理由
好きであり続ける理由はいらないし
ましてや
嫌いな理由もいらないのです。
ちょっとわかりにくいかもしれませんが
いい悪い、好き嫌いに
こだわることもないし
善悪とわける必要もないんですよね。
それは全て魂からのメッセージ
なんですね。
その行動の起点になるのは
好き嫌いという理由ではなく
魂、内なる自分が
乗り気であるか
こころを込められているかという
ことなんです
その魂からのメッセージを
頭の中で
これまでの経験で判断しようとすると
好きだから、嫌いだからという
理由付けをしてるんですね。
僕は
魂からのメッセージに従って
様々なものを
取捨選択しました。
これまで大切にしたものも捨て
これまで嫌いだったものが大切に思えたたり
一つ一つ
魂のメッセージに従って
行動しています。
捨てるときに
つらい気持ちをしたこともありましたが
今は
スッキリしています。
これまで
頑張ってきたことって
何だったんでしょう。
病気になって
魂のメッセージに従える機会を得
つまり今の自分は
病気によってリセットされたんですね。
