還暦の誓い:老に学ぶ

文筆家執行早舟さんの書いた本に
こんな一文があります。

老人とは
老いた人、老けた人ということではなく
年を重ねて人間的に成熟した人と
いう意味というのです。

確かに
年令をただ重ねるだけでなく
人間的に成熟していきたいと
僕も常々思っています。

そして、執行さんは更に
こんな風にいっているのです。

「しあわせな人生を送りたいというのは
エゴイズムにょっけつした考え方です。
昔の人はそれが恥ずかしいことと
わかっていたので、
公にせず、腹の中で留めていました。
昔日本人が恥ずかしくてやらなかったことを
今堂々とやっている。
特に目に余るのが老人です。
自分の健康と長寿ばかり気にしている。
それを公言してはばからない」

かなり、過激な発言ですが
このあと、このように続くのです。

「若者の未来の幸福を
願うのが本来の老人というものです。」

年取ってくると
自分の生きてきた人生を
振り返って
同じく苦労は経験させたくない。
我が子が、孫がしあわせに生きていって欲しい
と願う気持ちが強くなってくるので
この執行さんの過激な発言には
すぐには賛同できませんでした。

でも
この言葉を何度も何度も読んでいると
嫌々
年取ってくると
健康でいようとか
しあわせを願う気持ちの視野が
どんどん狭くなってきているのに気がつきました。

若い時のように
大志を描くのではなく
なんと個人的な想いになってきていることに
気づいたのです。

今年、自分は還暦を迎えます。
だから
小さい自分に閉じ困らず
老人の大志を描いて生きていこうと思うのです

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チャイコフスキーの妻

という映画を観た。
チャイコフスキーと言えば
白鳥の湖、くるみ割り人形など
美しいメロディーの名曲を多く遺した
ロシアの大作曲家です。

その私生活は
男色家であるなど
その私生活は謎めいています。

そんなチャイコフスキーに妻がいたことを
この映画で初めて知り
その夫婦関係は
通常の夫婦とは全くことなるもの。

女性を愛すことができないチャイコフスキーを
愛してしまい
その愛を死ぬまで貫くことを
神に誓って結婚した妻の一生を描いたもの。
その妻の苦悩は想像以上で、その苦悩を
報われないかも知れない愛を信じて
生きた女性の姿を描いた映画でした。

男である自分にだけでなく
この女性にしかわからない面が描かれているので
この女性を理解することはできない。

映画をみながら
日本でも
彼から離婚を申し出ても、受け入れず
裁判まで起こし
別居していてて
数年に1回程度しか合わないのに
彼のための新居をつくっていたという
樹木希林さんと内田裕也さんの夫婦の思い出された。

もうお二人とも亡くなられているが
最近晩年に二人が初めて共演した番組を観た。
樹木希林さんも相変わらずの毒舌を吐いていたが
その仕草、視線の優しいこと
その仕草に、サングラスで目元はわからないけど
口元が緩む裕也さんの姿。
今も変わらない愛を貫いている夫婦の姿を見た。

そんなあとだったので
チャイコフスキー夫婦の運命の酷さに
涙した映画だった。

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病気の時の入浴

毎日診察していて
きかれる多い質問の一つに
今日はお風呂入っていいですか?
があります。

そこで今日は
病気の時にお風呂に入るかどうか
あわてないようにです。

日本人はお風呂が大好きです
お風呂の効果は

①皮膚を清潔にして、皮膚呼吸を助ける
②皮膚を温め、刺激して血行をよくする
③身体を温めて、緊張をときほぐす
④精神的疲労を取り除く

などの効果があります。

そして
こどもは新陳代謝が活発なので
毎日でもお風呂に入れてあげたいと思います。
でも熱いお風呂に入ると
体力を消耗するので注意が必要です

風邪の場合

①熱がある時(下がっても24時間たっていない)
②熱がなくても
顔色が悪く、食欲、元気もなく、機嫌も悪いとき
③下痢や吐いたりして活気がないとき
④頭を打った後は

などの場合はお風呂は控えましょう

ただ、咳、鼻水があっても
お風呂にはいると、気道が加湿され
痰がでやすくなるので

①元気であればOK
②37℃台でも
食欲もあり、元気であれば

短時間さっとお風呂に入るのは
OKです

そして
お風呂に入る時の注意です。

湯冷めを心配して
お湯を熱めにすると、体力が消耗します。

入浴後身体が火照ってるときに
あわてて布団にはいると
熱を放散させるために汗をかいて
かえって寝冷めしてしまうことになります。

身体のほてりがとれて
寝るようにしましょう。

また
お風呂に入れない場合は
汗をたくさん掻いたあとなどは

熱いお湯でしぼったタオルで
身体や手のひら、足先、お尻を拭いてあげましょう
さっぱりして
お風呂に入ったと同様の
効果がありますよ。

また
下痢をしている時は
お尻だけでも洗ってあげると
おむつかぶれの予防になりますね。

病気の時は
お風呂につかるだけでなく
その時に応じて対応してあげると
さっぱり、ぐっすり休めて
病気も早く治るかもしれません。

ただ
どうしよう?と思ったら
無理せずお風呂はおやすみにした方が
あわてなくていいですね。

 

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意味のないことでも意味がある

幼い頃気がついてみたら
勉強もそうだし
親から進められた習い事も
やらされていた。

もっと遊びたいのに
みんな遊んでるのに
なんで今日はピアノのレッスン
そして今日はスイミングの日。
嫌々することって
意味があるのだろうかと
ものごころついたころには
そう思うことが増えてきた。

だから
親にやめたい、やめたいと
行く度に言っていたけど
親はうんと言わず
幼稚園から中学生になるまで
嫌々ながら続けていた。

そんなこどもの時に意味がないと思っていた経験は
おとなになって意味のある時間になっていることに
気がつくのです。

そのひとつは
意味のないことを一生懸命やった経験に
意味があるのだ。

こどもの時
一生懸命勉強した、水泳の練習をした
ピアノをした
その打ち込んだという経験が
何かに挑戦できることを
僕の身体に染みついているのだろう。
だから
おとなになっても
何かに挑戦して、どんな結果によるかもかかわらず
やり遂げられるのだという
自分しかわからない自信に繋がっているのだと思う。

今、自分の人生を振り返って
人生には何一つ無駄なことはないと思っている。
やめたいと言っても続けさせた
親に今は感謝しかないのです。

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やさしく生きる

「自分に厳しく、相手にはやさしく
という自己を確立しなさい」
これは
司馬遼太郎が小学生向けて書いた
「21世紀に生きる君たちへ」の中の言葉です。

司馬遼太郎氏だけでなく
僕たちも
こどもたちに向けて
人にに優しくしなさいなんて
言うことはよくあります。

でも、優しくするって
人間の本能ではないので
やさしさを身につけていけないものなので
訓練して身につけていけない。

だから口を酸っぱくして
言ってしまうのだろう。

やさしさを身につける訓練って?

いつも他人の傷みを感じ
労りの感情をもつことで
やさしさは育つものだと思う。
でも
他人のこころの傷みを感じることって
限られた個人の経験だけでは
意外に難しい。

自分の苦しい傷みを経験した時には
他の人にもらったやさしさを
いつも忘れないようにすること
そして
読書や他の人のつらい話しを聞いた時に
我がごとと感じる感性を育むことが
必要だと思うのです。

他人のことを思えあえる
やさしさにあふれる世界の実現になるヒントが
この言葉にあると思うのです。

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しあわせになる道は

心理学者のアドラーが
「自分だけでなく、
仲間の利益を大切にすること。
受け取るよりも多く
相手に与えること。
それが
幸福になる唯一の道である」と
言っています。

人はひとりでは生きていないし
ひとりだけで生きていることも
できません。
どんなに才能があふれる人でも
誰かの支えがあってこそ
生きていけるのです。

自分がしあわせになるためには
周りの人たちがしあわせであるのが
絶対条件なのだと思うのです。

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こころと身体ともに健康をめざす

こころと身体は相互に影響を及ぼす。
だから
精神的に落ち込むことがあれば
そのことが
身体の不調を生み出し
様々な病気の発症や悪化の原因になるし
からだの病気が
人の気分や思考に影響を
与えることもある。

健全な肉体に
健全なこころが宿るとも
言われることもある。

年をとると
病気になる機会が増えて
病院を受診することが多くなり
小児科医の僕でも
お年寄りの方を診ることが増えてきました。

年をとるにつれて
老化は避けて通ることはできません。
若い頃にはなかった
関節の痛みや腰痛を感じることも
近くのものが見えにくくなったり
物忘れが多くなったり。
比べると
身体の衰えを感じると誰もが悲しくなるでしょう。

そして
不治の病ではないか
死期が近づいているのではないかと
先行き不安になうことが
増えていくような気がします。
実際、そんな悩みを診察中に
お話を聞きます。

そのような話しを聞きながら
いつも
こころの状態が病気にならないように
お話をしていますが
そう簡単には
人の思いって変えられないですね。

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ボランティア

ボランティアというと
何かを見返りを求めないで
してあげることって
思うだろうけど
僕は
ボランティアは、何かをさせてもらうことで
学ばさせてもらっている。
だからそれ以上の対価を求めないというのが

ボランティア活動を重んじるアメリカ人の
考え方です。
つまり
僕たちは
ボランティアをしたということに
満足して終わることが多い気がする。
でも、させてもらったという
意識を持って行うと
その謙虚な気持ちが
深い人間形成に繋がるのだと思う。

ソプラノ歌手の佐藤しのぶさんは
貧しいこども達に勇気を与えるために
度々海外に行かれたようですが
歌った後に
集まったこどもたちに逆に励まされ
世界には理不尽にも極貧のこどもたちの
いることを知り
その貧しさを解決できない自分の無力さを
感じたという
感想を遺されています。

ここに
ボランティアをする
本当のこころがあると思うのです。

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継続は力なり

世の中には、頭がよくて
自分よりも優れた人は一杯います。
そんな中で
たくましく生き抜くためには
どんなつまらないことでも
どんな小さいことでも
きちんと最後までやり抜くこと。

そんな小さいことでも
継続して続けると
「これをさせたらこの人の右にでる者はいない」
そう言われるまで
決めたことをコツコツやり抜いていく。

これは
昔から言われている
成功の秘訣。

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天職

神学者、哲学者そしてオルガニストでもあった
シュバイツァーは
30代になって突然
アフリカに行くことを決意しました。

それまですでに
哲学者そして芸術家として多忙の生活を
送っていたにもかかわらず
アフリカの人を助けるための
医学の勉強を始めたのでしょう。

30代になって
しっかりした職業があるのに
どうしてまた医学の勉強をしようと
考えたりするのか?と
周りの人はびっくりして
シュバイツァーの決意を止めようと
説得にかかったのですが
オルガンのビルド先生は
「神さまが呼んでいるらしい。
神さまが呼んでいるというのに
わたしは何をすることができようか」
といって
シュバイツァーのアフリカ行きを
応援したそうです。

仕事のことを
ドイツ語ではberufといって
神に呼び出されるという意味らしいです。

日本では天職と言いますが
今やっている仕事は
神さまから呼び出された者なのです。

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