余命1年の宣告をうけたら

最近年をとると
死について考えることが増えてきます。
そして
死の瞬間のシュミレーションを
することが増えてきました。

誰もが
穏やかな死の瞬間を迎えたいことでしょう。
後悔なくその瞬間を迎えるために
もし余命1年の宣告をうけたら
あなたは何をしますか?

残された時間が限られていたら
もう一度会いたい人に会いに行く
最後にあそこに行ってみる
やりたかったことをしてみる・・・・
など
やっておきたいことは頭に浮かぶことでしょう。

もし僕なら
もう一度行きたいところ
行ってみたいところもあります。
もう一度会いたい人もいます。
コンサート行ったり
名所巡りしたり
ゆっくりできることで
何も考えずに、おいしいものをゆっくり食べて
本をゆっくり読みたいなど
やりたいことが頭をよぎります。

でも、きっとその時になると
体が動く限り
働こうと思うだろうし
時間があっても、
死の間際には体力的も限界で
とても出かけることは
無理な状態になっているかもしれません。

死の間際になって
家族ともっと過ごせればよかった
旧友に会っとけば良かったと思う人が
多いと聞きます。
そう思うのは
それまでの人生で
家族と一緒に過ごすよりも仕事や趣味を
優先したのは
その時はそれが大事だと思ったからでしょう。
旧友に会うよりも
もっと集中するべきことが
あったからでしょう。
そのことを大事だと思って優先してたのに
死の間際になって
こうすればよかったと後悔するのは
考え方によっては
一寸欲張りな気もしませんか?

人間は最後になると
もっとできたのではないかと
後悔したり、様々な思いに駆られるのは
人間の業なのかもしれません。

ですから死の間際に少しでも
悔いることのないよう
今やっていることに
全力で悔いなく全力で取り組むことが
大事なのだと思います。

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自信を回復させてくれるもの

今日は、
自分にとって
元気や自信を回復させてくれるものって
なんだろうか、考えてみました。

僕にとって
元気や自信を回復させてくれるものは、
きっと自由な時間だと思います。

ある事柄に一心不乱に取り組み
無事成し遂げた後の
開放感は格別なものがあります。

その時感じた開放感は
何かに解き放されたかのように、
まるで
久しぶりに太陽の光を
浴びたかのように
全身エネルギーチャージされていくような
感覚に全身が満たされます。

そして
疲れがとれ、
気がつくと次へのエネルギーに
充填されていくのを感じます。

その心から解放される時
自由な時間をどのように過ごしているか?

実際に好きなことをする、
家族と過ごす、友達と過ごす、
好きな本や映画を観る・・・
その時々で自由な時間の使い方は違います。

また、たとえ何もしなくても
自由を感じることだけでも
自分へのご褒美をいただけたような気がします。

自分に元気を回復されてくれるもの
それは、決してモノではないような気がします。

今振り返っても
疲れた時に
心が満たされたモノは
思いつきません。
物ではないような気がします。

自由を得られたことは、
何かから解放されたということ。

自分の明日へのエネルギーであり、
希望へと続くものだと思います。

そして
自らの発展に繋がっていく。
そして
新たな結果を生むステップにつながる。

その満たされた結果自体が
ひょっとしたら
ご褒美なのかもしれない。

何にも束縛されない、
心から溢れる純粋な明日への活力、
未来の成功へのスタートに立てた気持ちが、
僕にとってのご褒美としての
自由なのかもしれません。

あなたにとって自信を回復させてくれるために
必要なものって
なんですか?

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ストーリーを生きていく

インディアンは物をみた時
そのもの自体よりも
目の前にあるものが
ここにくるまでのストーリーを大事
して生きています。

例えばハンバーガーを食べる時に
次のように考えるそうです。

「それは、ただのハンバーガーじゃないぞ。
そのパンは大地の上で太陽エネルギーを
もらって成長した小麦で作られ、
そのビーフは大地の分身である
草を食べて大きくなった牛が
姿を変えたものだ。
そこに大地の上で虫たちの声を聞きながら
大きくなったレタスを添えてある。
今、
君はそうした大自然を食べている」

そう考えていくと
ものを大事にすることの
思いが変わってくると思います。

目の前にある存在以外に
目に見えない多くのことに
気持ちが向けることができるように
なります。

若い時は
がむしゃらに生きて生きてきました。
今起こっていることに
どのように対処するべきかを
どう乗り越えていくかに
精一杯でした。

でも、今
若い時のことを振り返ることがあると
その奥に感じる
人のやさしさに気づかされます。
様々なストーリーがあったことに
気づかされます。

インディアンの社会では
お年寄りとこどもが大事にされます。
お年寄りはたくさんの「ストーリー」を
生きてきた人で有り
こどもは、これからたくさんのストーリーを
作っていくからだそうです。

今まで感じたストーリーを
残していくことも
これからの僕の仕事なのかもしれない。

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なぜ、神は悪人を作ったのか?

神は何も「悪いこと」「悪いもの」を作ったわけではない
神の目から見ると悪はないのです。なぜなら、例えば光があれば
必ず影ができるように、男がいれば女がいるように、この世は②言論、 すなわち2つの相反するものによってできているから。

体があるということは、当然おいしいものも食べたいし
美しくなりたい、もっと生きたいなどの欲望が生まれるのです。
体をもつということは、自ずと不浄のものも生まれてしまうのです 神は体を持つということで起こることも。善も悪も容認した上で
人間を作ったと思うのです。

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エネルギーの方向

メタトロンを行うことで
その人の持っている
現在のエネルギーの使い方
エネルギーの状態を
知ることができます。
現在の自分自身のエネルギーの状態を
知ることで
体の使い方、生活そして究極的には
生き方さえも見直すことで
真の健康状態を得るものです。

メタトロンはエネルギー状態を
診ているのですが
様々な型のエネルギー状態を診ていると
エネルギーの方向には
2種類あることがわかってきました。

ひとつは
天、宇宙からのエネルギー。
このエネルギーは松果体で受け取り
背骨を通してからだ全体にくまなく
供給しているエネルギー。
ひと言で言うならば垂直のエネルギーです。

このエネルギーを受け取ることで
人間は生命力となり
生きていく根源力となっているのです。
このエネルギーを
受け取り、自分の中で熟成させて
生きているのです。

このエネルギーを感じるのは
祈りまたは願いとして
我々は感じているのです。

もうひとつのエネルギーは
横に広がっていくエネルギー。
つまり水平のエネルギーです。

このエネルギーがあると
しあわせだと感じる。
そしてこのエネルギーは
人から人に移っていくのが特徴です。

だから
しあわせはどんどん広がっていくのです。
でも、
しあわせのエネルギーだけでなく
逆の負のエネルギーがあります。
このエネルギーは広がると
戦争や誹謗中傷など乱れた世の中になってしまいます。

まずは
自分の垂直のエネルギーを整えることが大事
そのエネルギーを整えるのが
メタトロンの役割です。

自分の垂直エネルギーを整えた時
あなたらしく生きていけるようになります。
そのエネルギーを水平エネルギーとして
伝えることができれば
世の中も良くなるのです。

それがメタトロンの究極の目的だと
最近思うのです。

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人間は天地経綸の主体である

①神は霊で有り、霊はエネルギー体なので形をもっていない
②形は持っていないから、この現実世界では何一つできない。
神は無力である
③無力だから、今僕の目の前にあるペン1本も動かすことが
できない。動かせるのは、形(肉体)をもっている者(人間)
である。

だから、神はこの世をよくするために、自分と同じ容姿をもった
人間を作った。

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矍鑠(かくしゃく)として生きる

これから年を重ねて生きていく
どう生きていこうかと思った時に
頭に浮かんできた言葉は
「矍鑠(かくしゃく)という言葉です。

矍鑠と言う意味は
いつまでも若いままでいると
いうことではなく
その人が年令相応の
からだと精神と魂とバランスがとれた状態で
生きていくことだと思うのです。

だから60代の生き方
70代の生き方
80代、90代としての生き方をいうのだと思うのです。
決して60代が40代の時のように
生きていくことが60代のかっこいい生き方では
ないということです。

年を重ね、矍鑠と生きていくうちに
その人がなぜ年を重ねているのか
生きる目的が明確になってくるのかもしれません。

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愛づる

この言葉は
平安時代の短編集「堤中納言物語」に収められている
「蟲愛づる姫君」に登場でてきます。

このお姫様は、虫が大好き。
毛虫を手のひらにのせて
「かわいい、かわいい」といってるので
まわりの人は蝶は美しいけど
それに比べて毛虫の姿は
「気味が悪い」などというのです。

お姫様は
「この毛虫も蝶になれば
みんな美しいと喜ぶけれど
蝶になった後ははかないいのち。
毛がもじゃもじゃの今の毛虫の時の方が
本当に見事に生きているのです。
だから、この毛虫が愛おしいのです」と
語るのです。

つまりこのお姫様は
生きている見た目の姿ではなく
まさに生きている姿を
見抜き
外見ではなく、生きていく姿を
かわいい、つまり愛したのでしょう。

この話しのように
生きていることを
めづるこころ出向き合うことで
色々な本質が見えてくるような気がします。

年をとること
老いることを愛でだいと思います。

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“はい”と言う返事

人から呼ばれたら
”はい”と声に出して
返事をしていますか?
それも
間髪を入れないで返事をしていますか?

何か頼まれたとき
声に出さないで
無言で、目だけ向けたり
面倒くさそうに
口だけモゴモゴさせていないですか?

小さいころから
きっと返事はちゃんとしなさいと
言われていたと思います。

どうして、すぐ返事を
することが大事なのでしょう?

返事やあいさつて
人と接し、ふれあうとき
心の扉をノックするようなもの。
それをおろそかにしては
相手は決して心の扉を開いてくれない。

そして
最初の返事が心に響かなければ
その後
その人と人間関係を結ぶことは難しくなります。
だから返事をする
間髪入れずに返事をする
ってことはとても大事。

そして
何気なくいつも呼ばれてるかもしれないけど
実は
名前を呼んだその声は
あなたを呼ぶ最後の声かもしれないって
ことがあるかもしれません。

その後
名前を呼んでもらえることが
無くなるかもしれない。
だから
いつでも、どこでも
誠心誠意呼ばれたら
返事で応えないといけないと思います。

何事にも
”はい”と返事をすることは
その瞬間瞬間に心を尽くすこと
今この瞬間にに集中することになります。

”はい”と答えた瞬間
その気持ちを後に残さず
次へ次へと進めるきっかけになってくれるはずです。
呼ばれたら
間髪入れず”はい”と返事をしましょう

返事は
相手との関係を
滑らかにしてくれる
きっと潤滑油のような存在に
なってくれるはずです

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忘れられない日

今日のブログは
5年前の今日書いたブログ
当時はコロナ感染症中であり
自分も闘病中の時期。

忘れてはいけないことなので
今日再び、そのまま掲載させていただきます

 

今日は3.11
日本人にとって忘れられない日
東日本大震災から
丸9年経ち、10年目を迎える。

震災当日のことは
震災に直接あったわけではないけど
サンタキッズ&ファミリークリニックを開院して
1ヵ月した時
日々四苦八苦しながら過ごしていた時期の出来事であり
当日のことだけは今でも鮮明に記憶に残っている。
そしてあれから
今日でちょうど9年。
9年経った現在の日本、そして世界を
見渡してみると
東日本大震災当時のことが蘇ってくる。
今まさに日本が世界が新型コロナウイルスの災禍に
襲われている。
震災が起きた時のように
テレビは新型コロナウイルスの報道ばかり
プロ野球も相撲などのイベントも自粛、中止。
ディズニーランドなどの施設も休園。
学校も休校となり
経済活動は麻痺し
街からは、人々の笑い声が消えた。
現在の状況は
9年前の震災当日の状況と
全く変わっていない。
人々がこれまで当たり前に行って来た
経済も政治も文化も教育も
ストップされた状態。
それも今回は日本だけでなく
もっと広く全世界に広がっている。
あれから9年経った今
国は「復興創生期間」最後の1年として活動し
一区切りつけようとしている
しかし被災された方々は
被災された方は復興への道はまだ遠いと感じ
風化していくのを恐れている。
東日本大震災に
一区切りしようとしていた時におこった。
新型コロナウイルスの災禍。
現在の
新型コロナウイルスによって惹き起こされた状況は
直接震災にあった、合わないにかかわらず
決して偶然に起こったことではない
気がするのです。
新型コロナウイルスは
東日本大震災の学びが
まだ終わってないことを
伝えようとしている気がするのです。
東日本大震災によって
すべのことがリセットされた。
そこからで学ぶべきことは
元に戻す復興ではなく
全く新しいものを
新しい価値観で一から作り直す
ことだったのかもしれません。
私たちは
また同じことを繰り返そうと
してないだろうか?
今までの価値観に縛られないものに
気づき、変わらなければならない
時に来てるのかもしれません。
コロナウイルスは
東日本大震災の時のように
全てのものをリセットし
そして
我々に“目覚めよ”と言ってる気がする。
これからひとりひとりが今日はこの9年を振り返り
これからの10年後のあるべき世界を地球を
考えて動かないといけない。
政治も
経済も
文化も
教育も
環境も
そして
医療も
問題をそのままにしてしまったら
10年後に
もっと大きな災いが来るような気がするのです。
我々が新型コロナウイルスの真のメッセージに
気づき、行動し始めた時に
きっと
新型コロナウイルスは
普通の風邪のウイルスにまた戻っていく
そんな気がするのです。

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